出口王仁三郎の自叙伝が記されている霊界物語の巻章
出口王仁三郎の自叙伝が記されている霊界物語の巻章では、霊界物語の中で出口王仁三郎の自叙伝が記されている巻章をリストアップする。
概要
自叙伝は主に第37巻と第38巻に記されており、年代の範囲は、明治30年(1897年)夏に父・上田吉松が帰幽してから、31年の高熊山修業、32年の大本での活動開始を経て、42年の冠島・沓島参拝まで、およそ12年間くらいである。その間に起きた全ての出来事が記されているわけではなく、かなり抜粋された自叙伝である。
他には第1巻前半に高熊山修業の様子が、第19巻第1章「高熊山」#には入山直前に松岡神使が迎えにきたエピソードが記されている。
霊界物語以外の自叙伝は、少年・青年期の自叙伝としては「故郷の二十八年」、中高年以降の自叙伝としては多数の日記や歌集がある。→「出口王仁三郎の著述#日記」
巻章
王仁三郎の名前は「喜楽」に統一した。
- 第37巻(子の巻)
- 第1篇「安閑喜楽」
- 第1章「富士山」#:富士山について。
- 第2章「葱節」#:【前半】高熊山入山前夜 明治31年新2月28日(旧2月8日)夜 【後半】明治30年夏、父(吉松)帰幽後のエピソード
- 第3章「破軍星」#:同上
- 第4章「素破抜」#:同上
- 第5章「松の下」#:【前半】同上 【後半】高熊山入山前夜(第2章前半からの続き)
- (3月1日入山直前のエピソードは第19巻第1章「高熊山」#、入山中のエピソードは第1巻前半)
- 第6章「手料理」#:【前半】喜楽が不在中の留守宅での家族、近所の人たちのエピソード 【後半】新3月7日(旧2月15日)正午前、喜楽が帰宅し、9日(旧17日)早朝から15日(旧23日)まで床縛りの修業を行う。
- 第2篇「青垣山内」
- 第3篇「阪丹珍聞」
- 第13章「煙の都」#:旧3月[1]、大阪で初宣教(約2週間滞在)
- 第14章「夜の山路」#:同上(帰路)
- 第15章「盲目鳥」#:旧5月?[2]、石田小末が来訪。
- 第16章「四郎狸」#:【前半】岩田お藤(白木大明神→四郎右衛門狸) 【後半】明治29年春、高島ふみ子(太元教会)
- 第17章「狐の尾」#:高島ふみ子の続き
- 第18章「奥野操」#:幽斎修業
- 第19章「逆襲」#:壮士俳優(明治31年冬[1])/斎藤お悦/阿栗(次郎松の娘)
- 第20章「仁志東」#:4月3日、三矢喜右衛門が来訪。4月13日[3]、穴太を出発。清水の長沢雄楯のもとへ。1週間ほど滞在。22日夜、穴太に到着。/下司熊/〈一日も早く西北の方をさして行け〉と神示
- 第4篇「山青水清」
- 第21章「参綾」#:旧6月[4]、穴太を出発。虎天堰で福島久子と出会う/新10月8日(旧8月23日)、初参綾して出口直と面会。2~3日滞在して園部に帰る。/明治32年、四方平蔵が園部に迎えに来て、7月3日(旧5月26日)[1]、喜楽は綾部に移住して大本入りする
- 第22章「大僧坊」#:園部時代の宣教エピソード。小林貞蔵
- 第23章「海老坂」#:園部時代の宣教エピソード。人見与三郎/井戸掘りの事故/森田民(明治32年旧5月末[5])
- 第24章「神助」#:綾部の幽斎修業。清水の長沢雄楯のもとへ再訪(新10月10日、旧9月6日[1])。その帰途の四方平蔵のエピソード。
- 第25章「妖魅来」#:清水からの帰路。土田雄弘・南部孫三郎/上谷の幽斎修業場で福島寅之助が妄動
- 第1篇「安閑喜楽」
- 第38巻(丑の巻)
- 第1篇「千万無量」
- 第2篇「光風霽月」
- 第3篇「冒険神験」
- 第4篇「霊火山妖」
- 第5篇「正信妄信」
- 第21章「凄い権幕」#:明治37年、日露戦争勃発。幹部たちによる喜楽の排斥運動。
- 第22章「難症」#:同上
- 第23章「狐狸狐狸」#:明治38年夏、西田元教の宣教活動。(大正5年浅野和三郎が霊学研究始める)
- 第24章「呪の釘」#:明治33年8月下旬、西田元教危篤のため帰郷(第17章で既述)。小幡神社に呪い釘。/明治34年1月7日(旧11月17日)祖母・上田宇能が帰幽
- 第25章「雑草」#:建勲神社で奉職中(明治40年5月~12月)のエピソード。小西松元
- 第26章「日の出」#:明治35年3月7日(旧1月28日)直日が生まれる。喜楽は園部で宣教中。綾部で喜楽が書いた500冊の書物が反対派によって焚書。
- 第27章「仇箒」#:明治38年旧2月、幹部が立替え予言に熱中。
- 第28章「金明水」#:明治34年7月(旧5月)出雲火の御用。(大正5年9月9日、見真実)