「第三次大本事件」の版間の差分

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それに対して守る会では「自分たちは大本信徒である」という主張を一貫して続けた。
それに対して守る会では「自分たちは大本信徒である」という主張を一貫して続けた。


平成2年(1990年)9月、三代教主・出口直日が昇天し、出口聖子が四代教主を継承する。栄二が直美の教団復帰を目指して起こした訴訟はもはや意味がなくなり、栄二は訴訟を取り下げた。翌平成3年4月、守る会は「大本信徒連合会」となる。
平成2年(1990年)9月、三代教主・出口直日が昇天し、出口聖子が四代教主を継承する。追放された出口直美も四代教主継承を宣言したが、教団に戻ることは不可能だった。栄二が直美の教団復帰を目指して起こした訴訟はもはや意味がなくなり、栄二は訴訟を取り下げた。翌平成3年4月、守る会は「大本信徒連合会」となる。


いづとみづの会関係の2件の訴訟は昭和63年(1988年)9月と平成3年(1991年)4月に取り下げられ、第三次大本事件関係の訴訟3件はすべて終了した。
いづとみづの会関係の2件の訴訟は昭和63年(1988年)9月と平成3年(1991年)4月に取り下げられ、第三次大本事件関係の訴訟3件はすべて終了した。