コンテンツにスキップ

35

出典: 出口王仁三郎と霊界物語の大百科事典『オニペディア(Onipedia)』

35は、厳(いづ、五)と瑞(みづ、三)に因む数字である。

  • 「三五」は「さんご」または「あなない」と読む。 →「三五」「あなない」
  • 三五教は三大教と五大教が合併して誕生した。〔第6巻第36章「三五教」#〕
  • 「三五の月(さんごのつき)」という表現は3x5=15なので、つまり十五夜を意味する。 →「15」
  • 「三五の玉(さんごのたま)」は、三つの玉と五つの玉の計八つの玉である。 →「8」
  • 霊界物語は35万年前の太古の神代の物語である。(霊界物語の年代は他の記述もある) →「霊界物語#物語の年代」
  • 高姫は35年前に子供(建国別)を捨てた。同じく黒姫も35年前に子供(玉治別)を捨てた[1] [2]。
  • 王仁三郎は明治31年(1898年)3月、高熊山修業時に小幡明神から「三十五年の昔より、木の花姫と語らひて、汝が御霊を拝領し、我が氏の子として生れ出でしめたり」〔第19巻第1章「高熊山」#〕と告げられている。この35年前とは数えの35年前で、「禁門の変」が起きた元治元年(1864年)だという説がある[3]。
  • 王仁三郎の長女・出口直日は明治35年(1902年)生まれである。
  • 亀岡は東経135度35分、北緯35度に位置している。〔水鏡「亀岡と三五教」#〕
  • ミロクの世の暦である「十ヶ月暦」は、一ヶ月が35日で、週7日×5週となる。そこに週外の祭日として1日加わり36日となる。そして隔月に1日、閑日(言論自由の日)が加わり、一年365日となる。〔玉鏡「十ケ月暦」#〕

関連項目

脚注

  1. ↑ 第34巻第9章「玉の黒点」#:黒姫のセリフ「ハイ、今から三十五年前の事、今居つたならば三十五歳の血気盛りの立派な男になつて居るだろう」
  2. ↑ 第33巻第19章「報告祭」#:「黒姫が三十五年振りに吾実子の発見せられし事の感謝を兼ねたる報告祭であつた」
  3. ↑ 出口恒の説。この年の7月19日に「禁門の変」が起き、孝明天皇は切神神示・経綸書・錦の御旗・数表を旭形亀太郎に託して宮中の外に出した。この時から小幡明神(開化天皇の神霊)と木花姫命が相談して、切神神示等を用いる神人として上田喜三郎が準備されたのだろうという推測。