「第二次大本事件」の版間の差分

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昭和17年7月31日、判決が言い渡された。その内容は驚くべきものだった。主文において、治安維持法違反については全員無罪とされた。裁判所は、「大本は国体変革を目的とする結社ではない」と認定し、検察側が主張した「王仁三郎が天皇に代わって統治者になる」という公訴事実を、「証拠なし」「教義の曲解である」として全面的に退けた。
昭和17年7月31日、判決が言い渡された。その内容は驚くべきものだった。主文において、治安維持法違反については全員無罪とされた。裁判所は、「大本は国体変革を目的とする結社ではない」と認定し、検察側が主張した「王仁三郎が天皇に代わって統治者になる」という公訴事実を、「証拠なし」「教義の曲解である」として全面的に退けた。


ただし不敬罪については一部有罪が維持され、王仁三郎には懲役5年が言い渡された。だが、最大の焦点であった治安維持法違反(反逆罪)が無罪となったことは、弁護団と信者にとって大きな勝利であった。この判決により、8月7日、王仁三郎、澄子、日出麿の3人は6年8ヶ月ぶりに保釈出所し亀岡に帰郷した。
ただし不敬罪については一部有罪が維持され、王仁三郎には懲役5年が言い渡された(「[[第二次大本事件控訴審不敬認定箇所]]」参照)。だが、最大の焦点であった治安維持法違反(反逆罪)が無罪となったことは、弁護団と信者にとって大きな勝利であった。この判決により、8月7日、王仁三郎、澄子、日出麿の3人は6年8ヶ月ぶりに保釈出所し亀岡に帰郷した。


=== 戦時下の苦難と信仰の護持 ===
=== 戦時下の苦難と信仰の護持 ===
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第二審の判決に対し、検察側は治安維持法違反について、弁護側は不敬罪についてそれぞれ上告した。戦局が悪化し、東京が大空襲に見舞われる中で、大審院での審理は停滞したが、昭和20年9月8日、大審院は双方の上告を棄却する判決を下した。これにより、治安維持法違反の無罪と、不敬罪の有罪が確定した。
第二審の判決に対し、検察側は治安維持法違反について、弁護側は不敬罪についてそれぞれ上告した。戦局が悪化し、東京が大空襲に見舞われる中で、大審院での審理は停滞したが、昭和20年9月8日、大審院は双方の上告を棄却する判決を下した。これにより、治安維持法違反の無罪と、不敬罪の有罪が確定した。


その直前の8月15日、日本はポツダム宣言を受諾して降伏した。GHQの指令により、治安維持法や不敬罪、[[宗教団体法]]などの弾圧法規は撤廃された。そして10月17日には[[大赦令]]が公布され、第二次大本事件に関するすべての公訴権は消滅し、事件は法的に完全に解消された。不敬罪の有罪も消滅し、晴れて無罪となったのである。
その直前の8月15日、日本はポツダム宣言を受諾して降伏した。GHQの指令により、治安維持法や不敬罪、[[宗教団体法]]などの弾圧法規は撤廃された。そして10月17日には[[昭和二十年勅令第五百七十九号|大赦令]]が公布され、第二次大本事件に関するすべての公訴権は消滅し、事件は法的に完全に解消された。不敬罪の有罪も消滅し、晴れて無罪となったのである。


事件の解決と共に、奪われていた土地の返還交渉も進められた。綾部・亀岡両町に譲渡されていた旧聖地の土地は、昭和20年11月までに大本側に返還された。廃墟と化した聖地に立った王仁三郎は、「全部叩き潰されたが、木だけは大きくなったなあ」と感慨深げに語ったという。
事件の解決と共に、奪われていた土地の返還交渉も進められた。綾部・亀岡両町に譲渡されていた旧聖地の土地は、昭和20年11月までに大本側に返還された。廃墟と化した聖地に立った王仁三郎は、「全部叩き潰されたが、木だけは大きくなったなあ」と感慨深げに語ったという。
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【昭和20年(1945年)】
【昭和20年(1945年)】
* 9月8日:大審院判決。上告棄却し、原審確定。
* 9月8日:大審院判決。上告棄却し、原審確定。
* 10月17日:[[大赦令]]によって無罪となり事件は解消する。
* 10月17日:[[昭和二十年勅令第五百七十九号|大赦令]]によって無罪となり事件は解消する。
* 10月18日:亀岡町から大本に土地が返還され、土地移転登記完了。
* 10月18日:亀岡町から大本に土地が返還され、土地移転登記完了。
* 11月15日:綾部町から大本に土地が返還され、土地移転登記完了。
* 11月15日:綾部町から大本に土地が返還され、土地移転登記完了。
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== 資料 ==
== 資料 ==
<書きかけ>
* 『[[大本史料集成]] Ⅲ 事件篇』「{{obc|B195503c2|第二部 第二次事件関係}}」(警察資料、裁判所資料、弁護資料)
* 各被告人の罪状、求刑、判決:『[[日本政治裁判史録]] 昭和・後』125頁、https://dl.ndl.go.jp/pid/2992897/1/68
* 各被告人の罪状、求刑、判決:『[[日本政治裁判史録]] 昭和・後』125頁、https://dl.ndl.go.jp/pid/2992897/1/68


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* [[一厘組]]
* [[一厘組]]
* [[六本指]]
* [[六本指]]
* [[第二次大本事件控訴審不敬認定箇所]]


== 脚注 ==
== 脚注 ==