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霊界物語第4巻の諸本相違点

出典: 出口王仁三郎と霊界物語の大百科事典『オニペディア(Onipedia)』

霊界物語第4巻の諸本相違点について記す。

霊界物語の諸本相違点とは、霊界物語刊本の諸本(初版、校定版、愛善世界社版など)の本文の相違点のことである。

  • 諸本すべてをチェックしたわけではない。飯塚弘明が霊界物語ネットのデータ作成の過程において気がついた相違点をピックアップしたものである。霊界物語ネットは愛善世界社版を底本にしており、主に愛善世界社版と八幡書店版との相違点をピックアップしてある。全ての相違点ではなく、あくまでも気がついた点だけである。
  • 八幡書店版の本文は校定版とほぼ同じである。また、王仁DBのデータは霊界物語ネットと同じである。
  • 各諸本を次のように略す。 初…戦前の初版 再…戦前の再版(第二版のこと) 三…戦前の三版(四版以降も同様に略す) 御…聖師御校正本 普…普及版 校…校定版 修…修補版 八…八幡書店版(八幡版) 愛…愛善世界社版(愛世版) R…霊界物語ネット
  • 最も基準にすべき原典は御校正本であり、それと他の諸本を比較すべきである。また、八幡版の底本は校定版である。しかし霊界物語ネットのデータ作成の段階では御校正本や校定版が入手できなかったため、やむを得ず、八幡版や愛世版を基準にして、御校正本や校定版を比較しているかのような書き方をしている場合もある。
  • 天祥地瑞は最初から校正された状態で発刊されているため、御校正本というものは存在しない。戦前発行された初版と、戦後発行された版(再版以降)との比較になる。
  • ストーリー上の矛盾や、意味の変更を伴うような重大な相違点については 【重大】 という表示を付けた。
  • 「凡例」は校定版と八幡版には掲載されていない。校定版には、校定版編者による「あとがき」が掲載されている。
  • 次のような細かい文字の違いが多数ある。しかしこれは面倒なのでいちいち全部は記録しない。
    • 愛世版/八幡版
    • 我(われ)/吾(われ)
    • 神司(しんし)/神司(かみがみ)
    • 神司(かみ)/神司(かみがみ)
  • 青雲山の八王神「吾妻彦」の名前について、版によっては「吾妻別」と書いてある場合があるが、霊界物語ネットでは「吾妻彦」に統一した。詳細は霊界物語ネットの「青雲山の八頭神「吾妻彦」」を見よ

八 p369 隠身也とあるのは、
愛 前付p1 隠身也とあるは、
R 愛世版と同じ
御 前付p1 第五巻には
八 p369 第五巻以降には
愛 前付p1 御校正本と同じ
R 御校正本と同じ
八 p370 国中に荒ぶる神たちをば、
愛 p1 国中に荒ぶる神どもをば、
R 愛世版と同じ
御 p2 天の八重雲を伊都の千別に千別て聞食さむ 云々』
八 p370 天の八重雲を伊都の千別に千別て天降し依さしまつりき 云々』(大祓祝詞で「天の八重雲を伊都の千別に千別て」に続く文言としては「天降し依さしまつりき」が正しい。そのもう少し後ろの方で「天津神は天の磐戸を推披来て、天の八重雲を伊頭の千別に千別て」に続く文言として「所聞召む」が出る)
愛 p1 御校正本と同じ
R 【重大】御校正本と同じ
八 p372 迂愚の極みであります。
愛 p4 迂愚の極(きよく)であります。
R 愛世版と同じ
八 p372 況乎其他哉、故先霊不能守後魂必矣』
愛 p5 况乎其他哉、故先霊不能守後魂必矣』
R 愛世版と同じ
八 p375上 奉仕し、、またも瓦解の運命におちいり、
愛 p9 奉仕し、またもや瓦解の運命におちいり、
R 愛世版と同じ
御 p9,18,58 沢田彦命の「沢田」のフリガナ「さだ」 (「沢」に対してフリガナは「さ」1文字だけの活字が割り当てられているわけではない。「沢」のフリガナの活字が「さ□」で□部分のルビが抜け落ちているだけのように見える。)
八 p375上,377下,390下 「さはだ」
愛 p9,16,49 「さだ」
R 「さはだ」
八 p376上 また十二の八王八頭の神司(かみ)は、
愛 p10 また十二の八王八頭の神司(しんし)は、
R 愛世版と同じ
八 p376上 当山の神司(かみ)は一柱といへども
愛 p11 当山の神司(かみがみ)は一柱といへども
R 愛世版と同じ
八 p377上 早くも口を切り、
愛 p14 早くも口が切りし憑神はいふ、
R 愛世版と同じ
八 p377下 瑞穂別の身体また旧に復し
愛 p14 瑞穂別命の身体また旧に復し
R 愛世版と同じ
八 p377下 大八洲彦命以下の神司および八王神らに陳謝し、
愛 p14 八王大神および大八洲彦命以下の神司らに陳謝し、
R 愛世版と同じ
八 p377下 一同の神司(かみがみ)をさもいやらしき
愛 p15 一同の神人(かみがみ)をさもいやらしき
R 愛世版と同じ
八 p377下 されど広宗彦命は、
愛 p16 されど広宗彦は、
R 愛世版と同じ
八 p378上 天使長広宗彦命以下の
愛 p17 天使長広宗彦以下の
R 愛世版と同じ(他にも多数あり)
八 p380上 いまは常世彦の従僕となつて
愛 p22 いまは常世彦命の従僕となつて
R 愛世版と同じ
御 p26(第3章) 私は南高山に於て一度聾唖痴呆となつたが、不思議のことより一度全快した。
校 p24 私は一度聾唖痴呆となつたが、南高山において不思議のことより一たび全快した。(大道別はモスコーで聾唖痴呆となり、南高山で全快したので、ストーリー上はこちらの方が正しい。)
八 p380上 校定版と同じ
愛 p22 御校正本と同じ
R 【重大】校定版と同じ(脚注を付ける)
八 p380上 私のほかに八島姫、
愛 p22 私のほかに八洲姫、
R 八幡版と同じ(他にも多数あり)
八 p381上 との文意なりき。
愛 p24 との文意であつた。
R 愛世版と同じ
八 p381上 時期にあらず』
愛 p24 時機にあらず』
R 愛世版と同じ
八 p381下 八頭の神司(かみがみ)をはじめ、
愛 p26 八頭の神司(かみ)をはじめ、
R 愛世版と同じ
八 p382上 鷲、鷹、鵄、烏などを
愛 p28 鷲、鷹、烏、鵄なぞを
R 愛世版と同じ
八 p382下 各神司(かくしん)の率ゆる眷属の
愛 p28 各神(かくしん)の率ゆる眷属の
R 愛世版と同じ
八 p382下 口を開きたるまま
愛 p29 口を開いたまま
R 愛世版と同じ
八 p382下 獅子吼えたりけり、
愛 p29 獅子吼え猛(たけ)り、
R 愛世版と同じ
八 p383下 諸神人(しよしん)におかせられても
愛 p31 諸神司(しよしん)におかせられても
R 愛世版と同じ
御 p38(第5章) 八王大神廃止の件に就ては、
校 p33 「八王の廃止」(常世会議では、八王大神を廃止するのではなく八王を廃止することについて討議しているので、ストーリー上はこちらが正しい)
八 p383下 校定版と同じ
愛 p31 御校正本と同じ「八王大神廃止」
R 【重大】「八王廃止」
八 p383下 憤然として降壇したり。
愛 p32 憤然として降壇した。
R 愛世版と同じ
八 p383下 強力の者道彦を従へ、
愛 p32 強力の神道彦を従へ、
R 愛世版と同じ
八 p385下 聖地の窮状を満場の
愛 p37 聖地の窮状を満座の
R 愛世版と同じ
八 p385下 一々女性とも思へぬ強力にて
愛 p37 一々女性の強力にて
R 愛世版と同じ
(20070314版までは八幡版と同じ)
八 p386上 八王大神の寵女にして常世城の
愛 p38 八王大神の寵神にして常世城の
R 愛世版と同じ
八 p386上 これはまた八王大神の
愛 p38 これまで八王大神の
R 八幡版と同じ(「これまで」では意味が通らない)
八 p386上 八王大神の寵女にして常世城に艶名
愛 p38 八王大神の寵神にして常世城に艶名
R 愛世版と同じ
八 p386上 常世彦の寵女なる春日姫、
愛 p39 常世彦の寵神なる春日姫、
R 愛世版と同じ
八 p386上 常世城の男司(だんし)らの
愛 p39 常世城の男神(だんしん)らの
R 愛世版と同じ
御 p49(第6章) 美山彦は一円合点ゆかず、
校 p43 美山彦は一向合点ゆかず、
八 p387上 校定版と同じ
愛 p41 御校正本と同じ
R 「一向」
御 p52(第7章) 一旦モスコーに破れ、万寿山の八頭夕日別と共に避難し居たる八王道貫彦は、
校 p46 一旦モスコーに破れ、八頭夕日別とともに万寿山に避難しゐたる八王道貫彦は、
八 p388上 校定版と同じ
愛 p43 御校正本と同じ
R 【重大】校定版と同じ(夕日別はモスコーの八頭で、モスコーが常世姫の勢力に陥落した際に、八王の道貫彦とともに万寿山に避難した。第3巻第26章、第32章参照)
八 p388下 大広間は、いひやうもなき
愛 p44 大広間は何ンとも云ひ様なき
R 愛世版と同じ
御 p57(第8章) 天使長真心彦命は糸竹管絃に
校 p53 天使真心彦は糸竹管絃に
八 p390上 校定版と同じ
愛 p49 御校正本と同じ
R 【重大】校定版と同じ「天使」(真心彦は天使長ではなくただの天使。3巻45~48章参照。)
御 p57 天使長の行動にして
校 p53 天使の行動にして
八 p390上 校定版と同じ
愛 p49 御校正本と同じ
R 校定版と同じ「天使」
御 p58 第一の天使長たりし
校 p53 第一、天使長たりし
八 p390上 校定版と同じ
愛 p49 御校正本と同じ
R 【重大】校定版と同じ(「第一の天使長」では、初代の天使長だと誤解されかねない)
八 p391上 八王の聖職を退き
愛 p51 八王神の聖職を退き
R 愛世版と同じ
御 p66(第9章) 早まつて呑臍(どんせい)の悔を (一般に「呑臍の悔」という言葉はない)
校 p61 早まつて噬臍(ぜいせい)の悔を
八 p393上 校定版と同じ
愛 p57 御校正本と同じ
R 校定版と同じ「噬臍」
八 p393上 大島別は八島姫の
愛 p57 大嶋別は八島姫の
R 八幡版と同じ(他にも数箇所あり)
八 p394下 『モスコーの城主八王道貫彦の
愛 p61 『モスコーの城主八王神道貫彦の
R 愛世版と同じ
八 p395上 後の女性は声を
愛 p63 後の女神は声を
R 愛世版と同じ
八 p395上 急報におどろき倉皇として
愛 p63 急報におどろき愴惶として
R 愛世版と同じ
八 p395下 七柱の女性の様子を
愛 p63 七柱の女神の様子を
R 愛世版と同じ
八 p396上 女性の心は暗の夜に、
愛 p65 女神の心は暗の夜に、
R 愛世版と同じ
八 p396上 諸神人は一斉に
愛 p65 諸神は一斉に
R 愛世版と同じ
八 p396上 諸神人はよろしく各自の
愛 p65 諸神はよろしく各自の
R 愛世版と同じ
八 p397下 神人は心の奥底より、
愛 p69 神々は心の奥底より、
R 愛世版と同じ
八 p398上 かかる時のことを指したるものなるべし。
愛 p70 かかる時のことを指しるものなるべし。
R 八幡版と同じ
八 p398上 会議においては、なほさらのことなりといふべし。
愛 p70 会議においておや。猶更の事なりと云ふべし。
R 愛世版と同じ
八 p398上 諸神人の席に眼を
愛 p71 諸神人席に眼を
R 愛世版と同じ
八 p398下 八王の聖職を撤廃し、
愛 p72 八王神の聖職を撤廃し、
R 愛世版と同じ
八 p399上 八王大神の大慈眼の
愛 p72 八王大神の大慈願の
R 八幡版と同じ(「慈眼」という言葉あるが「慈願」はない)
八 p400上 宇宙の大元霊たる大国治立尊の、
愛 p75 宇宙の大元霊たる大国治立命の、
R 愛世版と同じ
八 p400上 独一の真神なる大国治立尊ゐますのみ。
愛 p76 独一の真神なる大国治立命ゐますのみ。
R 愛世版と同じ
八 p401下 細い甲声を臍の上方より
愛 p77 細い肝声(かんせい)を臍の上方より
R 愛世版と同じ
八 p402上 涙をボロボロとこぼして、男に似合ず
愛 p80 涙をボロボロとこぼして男神に似合ず
R 愛世版と同じ
八 p402上 目鼻をあしらひたる如き
愛 p81 目鼻をあしらつた如き
R 愛世版と同じ
八 p402上 右の手の栂指を以て ※誤字
愛 p81 右の手の拇指を以て
R 愛世版と同じ
八 p402下 ここに大島別の従臣たる玉純彦は、
愛 p83 ここに大嶋別の従臣たる玉純別は、
R 八幡版と同じ「大島別」「玉純彦」(大島別の従臣は玉純彦。第9章参照。)(他にも多数あり)
八 p403上 鼻の上へおき、左の手の
愛 p83 鼻の上におき、左の手の
R 愛世版と同じ
八 p403下 どこもかしこも泥田ン坊
愛 p85 どこよもかしこも泥田ン坊
R 八幡版と同じ
八 p404下 八王の神の空威張
愛 p87 八王の神の唐威張
R 愛世版と同じ
八 p404下 何を柚やら蜜柑やら
愛 p87 何を柚やら蜜柑柑やら
R 八幡版と同じ
八 p406上 尾の上に守る八王の
愛 p93 尾の上に守る八王や
R 愛世版と同じ
八 p406上 国魂その他の神人の数
愛 p93 国魂その他の神人数
R 八幡版と同じ
八 p408下 言霊の応用も乱れみだれて今日にては、つひにはその跡を絶つに至れり。神人が優雅にして
愛 p100 言霊の応用も乱れ乱れてつひにはその跡を絶つに至れり。今日にては神人が優雅にして
R 愛世版と同じ
八 p409下 雲霧四方に吹きはらひ
愛 p103 霊霧(たまきり)四方に吹きはらひ
R 愛世版と同じ
八 p410下 節くれ立つたる両腕に
愛 p106 節くれ立つた両腕に
R 愛世版と同じ
八 p410下 諸神人に赫顔(しやがん)を曝し
愛 p106 諸神人に赭顔(しやがん)を曝し
R 愛世版と同じ
八 p410下 怒りたる時のごとくなりけり。
愛 p106 怒りたる時の如(ごと)なりけり。
R 愛世版と同じ
八 p411上 素性賤しき野蛮神の
愛 p107 素性賤しき野蕃神の
R 愛世版と同じ
八 p411下 と大声疾呼しつつ降壇せむとし、
愛 p108 と大声叱呼しつつ降壇せむとし、
R 八幡版と同じ(「叱呼」という言葉はない)
八 p411下 蛮神八王大神大自在天の
愛 p108 蕃神八王大神大自在天の
R 愛世版と同じ
八 p412上 洒蛙々々然(しやあしやあぜん)として猛烈に攻撃の矢を
愛 p109 洒々然(しやしやぜん)として猛烈に攻撃の矢を
R 愛世版と同じ
八 p412下 邪神操縦しをりて、
愛 p110 邪神操縦して居りて、
R 愛世版と同じ
八 p413下 宇宙の大元神たる大国治立尊にして、
愛 p114 宇宙の大元神たる大国治立命にして、
R 愛世版と同じ(他にも多数あり)
八 p415上 朝の深霧(みきり)夕霧を
愛 p118 朝の深霧(ふかきり)夕霧を
R 八幡版と同じ
八 p417下 許に交こり口合ひて
愛 p125 許に交こり口会ひて
R 八幡版と同じ
八 p419上 水も漏さぬ歌意とによりて、
愛 p130 水も漏さぬ歌意とによつて、
R 愛世版と同じ
御 p160(第20章) 各自の守護神を定めて、太陽界と地界の永遠無窮の保護神として、
校 p139 各自の守護神を定めて、太陽界と太陰界の永遠無窮の守護神として、
八 p420上 校定版と同じ
愛 p132 御校正本と同じ
R 【重大】「太陰界」「保護神」(文脈上、「太陰界」が正しいと思われる)
八 p423下 貫徹せずしてガラリとはづれることあり。
愛 p142 貫徹せずしてガラリとはづることあり。
R 八幡版と同じ
八 p423下 一歩をゆづりて神が
愛 p142 一歩をゆづつて神が
R 愛世版と同じ
八 p424上 国祖の神命によりて、
愛 p143 国祖の神命によつて、
R 愛世版と同じ
八 p424上 ちようど田舎の荒家(あばらや)のごとく
愛 p143 ちようど田舎の破家(あばらや)のごとく
R 愛世版と同じ
八 p426上 端然として神人に取りまかれ控へゐたり。
愛 p148 端然として神々に取りまかれ控へゐたり。
R 愛世版と同じ
八 p430下 以前の極力反対的の態度に
愛 p162 以前の極力的反対の態度に
R 八幡版と同じ
八 p431上 聖地ヱルサレムの天使長広宗彦命の
愛 p163 聖地ヱルサレムの天使長広宗彦の
R 愛世版と同じ
八 p431上 かかる変説改論の醜態を演じたるには
愛 p164 かかる変説改論の醜を演じたるには
R 愛世版と同じ
御 p203 伺はむための反正撥乱的神策でありまして、
校 p177 伺はむための撥乱反正的神策でありまして、
八 p432下 校定版と同じ
愛 p168 御校正本と同じ
R 御校正本と同じ
八 p433 吾々は聖地ヱルサレムの天使長広宗彦命の
愛 p170 吾々は聖地ヱルサレムの天使長広宗彦の
R 愛世版と同じ
八 p434下 忽然として消え失せたり。
愛 p174 忽然として消え失せた。
R 八幡版と同じ
八 p436上 神界に仕へをる狐を
愛 p178 神界に仕へて居る狐を
R 愛世版と同じ
八 p436下 元来無学にして、
愛 p179 元来無学で、
R 愛世版と同じ
八 p438上 判別するに苦しみぬ。このとき女性は、
愛 p184 判別するに苦しみぬ。このとき女は、
R 愛世版と同じ
八 p438上 倒れむばかりに驚きいたる。この体を見てとりたる女性はしづかに、
愛 p184 倒れむばかりに驚いたるこの体を見て取つたる女性はしづかに、
R 八幡版と同じ
御 p221(第29章) 『妾は常世城の大会議について、行成彦等は傍若無人にして
校 p195 『行成彦らは常世城の大会議において、傍若無人にして
八 p438上 校定版と同じ
愛 p185 御校正本と同じ
R 【重大】校定版と同じ(御校正本の文章だと文意が伝わらない。主語・述語がおかしい)
八 p438上 神政を補佐しつつあれども、
愛 p185 神政を輔佐しつつあれども、
R 愛世版と同じ
八 p438下 聖地の天使長広宗彦命は、
愛 p187 聖地の天使長広宗彦は、
R 愛世版と同じ
八 p438下 行成彦一行の消息如何にと心を
愛 p187 行成彦一行の消息如何にも心を
R 八幡版と同じ
八 p439上 広宗彦命は二人の意外なる報告に
愛 p188 広宗彦命は二神の意外なる報告に
R 愛世版と同じ
八 p439下 神務を執り神政を補佐し
愛 p189 神務を執り神政を輔佐し
R 愛世版と同じ
八 p440上 鎹を打たれ、広宗彦命は思はず
愛 p190 鎹を打たれる広宗彦は思はず
R 愛世版と同じ
八 p440下 無事帰城せられしを祝し、
愛 p192 無事帰城を祝し、
R 八幡版と同じ
八 p440下 行成彦以下の神司らは、
愛 p192 行成彦命以下の神司らは、
R 愛世版と同じ
八 p441上 かつ八王大神および吾身の自由行動の
愛 p193 かつ八王大神および身の自由行動の
R 八幡版と同じ
八 p442下 大道彦は機先を制せられて
愛 p198 大道彦(おほみちわけ)は機先を制せられて
R 「大道別(おほみちわけ)」
八 p442下 国祖の大神は、
愛 p198 国祖の大神は大道別(おほみちわけ)に向ひ、
R 愛世版と同じ
八 p443下 御神業を補佐したてまつらむ
愛 p200 御神業を輔佐したてまつらむ
R 愛世版と同じ
八 p446上 国祖の無限無量の仁慈の
愛 p209 国祖の無限無量に仁慈の
R 八幡版と同じ
八 p446下 神業の一端たりとも補佐し
愛 p210 神業の一端たりとも輔佐し
R 愛世版と同じ
八 p447上 前巻に述べたるごとく
愛 p211 前篇に述べたるごとく
R 愛世版と同じ
御 p252(第35章) 八王神常世彦は、直に
校 p223 八王常世彦は、ただちに
愛 p214 御校正本と同じ
R 御校正本と同じ
御 p253(第35章) 八王神は青息吐息の
校 p224 八王常世彦は青息吐息の
八 p448上 校定版と同じ
愛 p214 御校正本と同じ
R 御校正本と同じ
八 p448上 各地の八王と語らひ、
愛 p214 各地の八王神と語らひ、
R 愛世版と同じ
八 p449上 八王常世彦聖地の混乱を
愛 p217 八王大神聖地の混乱を
R 愛世版と同じ
八 p449下 国魂その他の諸神人らは、
愛 p218 国魂その他の諸神司らは、
R 愛世版と同じ
八 p449下 集まり来り、
愛 p218 集まり来(きた)たり、
R 八幡版と同じ
御 p259(第36章) 聖地回復の誠意を復起(ふくき)したり。
校 p229 聖地回復の誠意を起(おこ)したり。
八 p450上 校定版と同じ
愛 p219 御校正本と同じ
R 御校正本と同じ(ただし一般に「復起」という言葉はない)
八 p450上 諺に、(略)といふ。
愛 p219 諺にいふ、(略)といふ。
R 八幡版と同じ
八 p450下 さすがに神世の神人だけありて、
愛 p220 遉(さすが)は神世の神人だけありて、
R 八幡版と同じ
八 p451上 最上位を占てをり、狐としては
愛 p221 最上位を占てをる。狐としては
R 愛世版と同じ
八 p451下 決して八つの岐になりゐるものはなし。
愛 p222 決して八つの岐になり居るのなし。
R 八幡版と同じ
八 p452上 国祖大神のみ前に列するは、
愛 p225 国祖大神の前に列するは、
R 愛世版と同じ
八 p452下 いはば蔭身の者なり。
愛 p225 いはば蔭身者なり。
R 愛世版と同じ
八 p452下 御神業の一端を補佐し
愛 p226 御神業の一端を輔佐し
R 愛世版と同じ
八 p453下 進言したり。されど国祖大神は、
愛 p228 進言したりけれど、国祖大神は、
R 愛世版と同じ
八 p454上 このことは後巻に判明
愛 p230 このことは後篇に判明
R 愛世版と同じ
八 p454下 身魂を犯すこと容易ならず
愛 p231 身魂を犯すこと容易でならず
R 八幡版と同じ
八 p455上 高月彦は長ずるに
愛 p232 高月彦が長ずるに
R 八幡版と同じ
八 p455下 無花果の実ただ一個、
愛 p233 無花果の実がただ一個、
R 愛世版と同じ
八 p456上 大本神諭に示されあるごとく、
愛 p237 大本神諭にも、
R 愛世版と同じ
八 p457下 神政に励みて国祖の大神に
愛 p239 神政を励みて国祖の大神に
R 八幡版と同じ
八 p458上 その偽者にあらざることを
愛 p241 その偽神にあらざることを
R 愛世版と同じ
八 p459上 第一巻に述べたるところなり。
愛 p244 第一篇に述べたるところなり。
R 愛世版と同じ
八 p459下 不思議の現象を見せつけられ、
愛 p246 不思議の現象(げんざう)を見せつけられ、
R 「げんしやう」
八 p460上 高照姫命一派の神人まめまめしく
愛 p247 高照姫命一派の神人がまめまめしく
R 愛世版と同じ
八 p462上 それより常世彦の、国祖大神をはじめ
愛 p253 それより常世彦は国祖大神をはじめ
R 八幡版と同じ
八 p463上 大広間において衆神司(しうしん)歓呼のあまり、
愛 p256 大広間において衆司(しうしん)歓呼のあまり、
R 八幡版と同じ
御 p303(第42章) 八王大神は(略)盤古大神塩長彦に望みを嘱し、盤古大神の承認を得て ……底本の三版では「嘱し、大神(おほかみ)の」になっているが、王仁三郎が「盤古」という文字を挿入して「嘱し、盤古大神の」に訂正している。つまり八王大神は、盤古大神本人の承認を得て盤古大神を国祖の地位に代えようとした、という意味になる。
校 p266 「天の大神」 ……編者が「盤古」は間違いと考えて「天の」に変えたか? 実際に後の方(第45章)で八王大神は、天の大神に国祖を隠退させるよう要請しているため、「天の大神の承認を得て」でも意味的には正しい。
八 p463上 校定版と同じ
愛 p257 御校正本と同じ
R 【重大】「盤古大神」 ……「天の大神」でも意味的には正しいが、「天の」はもともと底本の三版にも御校正本にも無い文字で、校定版編者が考えた文字なので、霊界物語ネットでは御校正本通り「盤古大神」にする。(以前は「天の大神」だったが2022/08/15に「盤古大神」に変更した)
八 p463上 ここに八王大神の悪心
愛 p257 ここに八王大神は悪心
R 八幡版と同じ
八 p463上 大八洲彦命、言霊別命、神国別命、桃上彦、大足彦
愛 p257 大八洲彦命、言霊別命、神国別命、桃上彦命、大足彦
R 愛世版と同じ
八 p466下 常世彦はまたもや八王大神の
愛 p266 常世彦命はまたもや八王大神の
R 愛世版と同じ
八 p466下 盤古大神の補佐として、
愛 p266 盤古大神の輔佐として、
R 愛世版と同じ
八 p466下 数多の神人を引率して参上り、
愛 p267 数多の神人を引率し、
R 愛世版と同じ
八 p468上 二人の使者は奥歯に
愛 p270 二柱の使者は奥歯に
R 愛世版と同じ
八 p468上 その結果を八王大神に報告したり。
愛 p270 その結果を八王大神に奏上したり。
R 愛世版と同じ
御 p318(第45章) 茲に天の若宮に坐す日の大神、広目大神及び、月界の主宰神月の大神は、八王大神以下の神人に対し、追つて何分の沙汰あるまで下土に降りて命を待つ可しとの神命に、唯々諾々として降り来たりける。
校 p279 ここに八王大神以下の神人は、天の若宮にます日の大神、広目大神および月界の主宰神月の大神から「追つて何分の沙汰あるまで下土に降りて命を待つべし」との神命に、唯々諾々として降り来たりける。
八 p468下 校定版と同じ
愛 p271 御校正本と同じ
R 【重大】御校正本と同じ(脚注を付けた)(唯々諾々として降って来たのは八王大神以下の神人である。御校正本の文章では主語と述語の関係がおかしい)
御 p318 されど大神の施設たるや余りに厳格にして
校 p280 されど大神の施政たるや、あまりに厳格にして
愛 p271 「施政」
R 「施政」
八 p469下 盤古大神塩長彦をして、国祖の
愛 p274 盤古大神塩長彦命をして、国祖の
R 愛世版と同じ
八 p471上 神示の宇宙を次篇に
愛 p277 神示の宇宙を次章に
R 愛世版と同じ
八 p472上 吾々の肉眼にて (神示の宇宙)
愛 p281 我々の肉眼にて
御 愛世版と同じ
R 愛世版と同じ
八 p472上 大宇宙を総括する神を大六合常立尊といひ、
愛 p281 大宇宙を総括する神を大六合常立命といひ、
御 愛世版と同じ
R 愛世版と同じ
八 p472下 それぞれ各自の光を有するあり、
愛 p282 それぞれ各自光を有するあり、
御 愛世版と同じ
R 愛世版と同じ
八 p472下 大地は濁りて重し。
愛 p282 大地は濁りて重し。今、図を以て示せば左の如し。
御 愛世版と同じ
R 愛世版と同じ
八 p472下 太陽とほとんど同形の水球がありて
愛 p282 太陽とほとんど同形の水球ありて
御 愛世版と同じ
R 愛世版と同じ
八 p473上 自動的傾斜運動を起しゐるなり。
愛 p286 自働的傾斜運動を起しゐるなり。
御 愛世版と同じ
R 愛世版と同じ(「自働的」はここ含め5ヶ所ある)
八 p473下 しかし、それ自体の光輝を有し、
愛 p288 しかして、それ自体の光輝を有し、
御 愛世版と同じ
R 愛世版と同じ
八 p473下 火球となりゐるなり。
愛 p288 火球となりゐるなり。今、図を以て示せば次の如し。
御 愛世版と同じ
R 愛世版と同じ
八 p474上 前章に述べたるところを補ふために、
愛 p290 前節に述べたるところを補ふために、
御 愛世版と同じ
R 愛世版と同じ
八 p474上 首肯し難き点が少なからざるべし。
愛 p290 首肯し難き点少なからざるべし。
御 愛世版と同じ
R 愛世版と同じ
八 p474上 前章に引きつづき太陽のことより
愛 p290 前節に引きつづき太陽のことより
御 愛世版と同じ
R 愛世版と同じ
八 p474下 光りゐることが判明し得るなり。
愛 p290 光りゐることが判じ得るなり。
御 愛世版と同じ
R 愛世版と同じ
八 p474下 (第一巻第三篇天地剖判 第二〇章日地月の発生参照)
愛 p291 (第一篇天地剖判の章参照)
御 愛世版と同じ
R 愛世版と同じ
八 p474下 太陽と吾が地球との距離は、
愛 p291 太陽と我が地球との距離は、
御 愛世版と同じ
R 愛世版と同じ
八 p474下 普通吾々は太陽の昇る
愛 p291 普通我々は太陽の昇る
御 愛世版と同じ
R 愛世版と同じ
八 p474下 大地はことごとく氷山なり。
愛 p292 大地は第一図に示す如く悉く氷山なり。
御 愛世版と同じ
R 愛世版と同じ
八 p474下 沖へ行くに従ひて、最初は
愛 p292 沖へ行くに従つて、最初は
御 愛世版と同じ
R 愛世版と同じ
八 p475上 檣を没してゆくといふ事実を挙げられるが、
愛 p292 檣を没してゆくといふ事実を挙げられるやうだが、
御 愛世版と同じ
R 愛世版と同じ
八 p475上 それは吾々の眼球がすでに
愛 p292 それは我々の眼球がすでに
御 愛世版と同じ
R 愛世版と同じ
八 p475上 造られてあるが故なり。
愛 p292 造られてあるが故である。
御 愛世版と同じ
R 愛世版と同じ
八 p475上 望遠鏡は凹鏡なるがゆゑに、人間の瞳との関係にて、遠方が見えるなり。ゆゑに地球説を固執する人々は、先づ人間の眼球そのものの研究より始めざるべからず。
愛 p292 望遠鏡は凹鏡であるから、人間の瞳との関係で、遠方が見えるのである。ゆゑに地球説を固執する人々は、先づ人間の眼球そのものの研究より始めねばなるまい。
御 愛世版と同じ
R 愛世版と同じ
  • 語尾の相異がたくさんあるが省略する
八 p475下 上線を月が運行してゐる
愛 p293 第一図の上線を月が運行してゐる
御 愛世版と同じ
R 愛世版と同じ
八 p475下 銀河の外縁(そとべり)に凸凹あるは、
愛 p294 銀河の外椽(そとべり)に凸凹あるは、
御 愛世版と同じ
R 愛世版と同じ
二、三 p338 大虚空を運行し時に
御 p338 同じ
校 p298 同じ
愛 p294 同じ
R 同じ(「運行した時に」の誤りだと思われるが、そのままにしておく)
八 p475下 大空は大地よりははなはだ薄き紫、
愛 p294 大空は大地よりはずつと薄き紫、
御 愛世版と同じ
R 愛世版と同じ
八 p476上 それらの宇宙には、吾々の地球上の人間や動植物と同じごときものは生息せず。我が小宇宙における、地球以外の星にも神々は坐せども、地球上に棲息するごとき生物は断じてをらず。
愛 p296 それらの宇宙に'も、ほとんど'我々の地球上の人間や動植物と同じ様なものが生息してゐない。但この我が小宇宙における、地球以外の星には神々は坐せども、地球上に棲息するごとき生物は断じてゐない。この小宇宙と他の宇宙との関係を図によりて示せば、第五図の如くである。
御 p339 愛世版と同じ (もともと「生息してゐる」だったが、「生息してゐない」に訂正している)
R 愛世版と同じ
八 p476上 王仁は前章において、
愛 p297 王仁は前席において、
御 愛世版と同じ
R 愛世版と同じ
御 p(第48章) 時世に遅れるのは誰が考へても至当の事であります。昔話にある、浦島子が龍宮から帰つて来た時の様に世の中の学界の進歩は
校 p300 時世に遅れゐるは至当のことなり。世の中の学界の進歩は
八 p476上 校定版と同じ
愛 p297 御校正本と同じ
R 【重大】御校正本と同じ
八 p477上 小自動傾斜と、大自動傾斜を
愛 p300 小自動傾斜と、大動傾斜を
御 愛世版と同じ
R 八幡版と同じ(「大動」は「大自動」の誤字と思われる)
八 p477上 太陽の水火と、
愛 p300 第六図の如く(挿図参照)、太陽の水火と、
御 愛世版と同じ
R 愛世版と同じ
八 p477下 王仁は前述のごとく、
愛 p303 瑞月王仁は前述のごとく、
御 愛世版と同じ
R 愛世版と同じ
八 p478上 火の分量の(略)水の分量の
愛 p304 火の量分の(略)水の量分の
御 愛世版と同じ
R 愛世版と同じ
八 p478下 また北斗星は、北極星に
愛 p304 また北斗星はというのは、北極星に
御 「北斗星と云ふのは」
R 御校正本と同じ
八 p478下 運行軌道の、東南西北に頭を向けて、
愛 p305 運行軌道の、東西南北に頭を向けて、
御 愛世版と同じ
R 愛世版と同じ
八 p478下 その最高中心部に北極星、やや下つて
愛 p305 その最高中心部に、北極星やや下つて
御 愛世版と同じ
R 八幡版と同じ
八 p478下 円き軌道を運行するにあらざること判明せむ。
愛 p306 円き軌道を運行するのでない事が分(わか)かるのであらう。
御 「分(わか)るであらう。」
R 御校正本と同じ
八 p479上 また単に霊素とも火素ともいふ。
愛 p307 また単に霊素と言つてもよい、一名火素ともいふ。
御 愛世版と同じ
R 愛世版と同じ
八 p479下 高御産巣日神(たかみむすびのかみ)といひ、体素を神御産巣日神(かむみむすびのかみ)と
愛 p307 高御産巣日神(たかみむすびかみ)といひ、体素を神御産巣日神(かむみむすびかみ)と
御 愛世版と同じ
R 愛世版と同じ
八 p479下 小宇宙形成されたり。
愛 p307 小宇宙が形成された。ニユートンとやらの地球引力説では、到底宇宙の真理は判明しないでありませう。
御 愛世版と同じ
R 【重大】愛世版と同じ
八 p480上 霊気をもつて電気に代へる
愛 p308 霊気をもつて電気電話に代へる
御 愛世版と同じ
R 愛世版と同じ
八 p480上 新陳代謝が始終行はれ
愛 p309 新陳代謝が終始行はれ
御 八幡版と同じ「始終」
R 八幡版と同じ「始終」
八 p480上 天の御柱なる五大父音(ごだいふおん)と、
愛 p309 天の御柱なる五大父音(ごだいふいん)と、
御 愛世版と同じ「ふいん」
R 愛世版と同じ「ふいん」(5箇所ある)
八 p480下 王仁(おに)の無学者が
愛 p310 瑞月王仁(ずいげつ)の無学者が
御 「瑞月王仁(ずゐげつ)」
R 御校正本と同じ
八 p481上 大声俚耳(りじ)に入らず、
愛 p311 大声耳裡(じり)に入らず、
御 愛世版と同じ「耳裡(じり)」
R 愛世版と同じ(「耳裡」は「俚耳」の誤りだと思われるが「耳裡」にしておく)

地月・地汐・汐球

霊界物語第4巻と第6巻に「地月」「地汐」「汐球」という言葉が登場する。版によってフリガナがまちまちである。

  • 地月:ちげつ
  • 地汐:ちげつ、ちせき、ちげき
  • 汐球:しほきう、せききう、げききう

昭和7年に王仁三郎が、地月を地汐と改め「ちげき」と読むのだと教示したことが『新月の光』に記録されている。[1]

【第4巻】

戦前の版を見ると、本字とカナがまちまちである。当時は霊界物語を王仁三郎の校訂を得ずに次々と出版して行ったため、誤字・誤植によって生じた混乱ではないかと考えられる。

戦後の版は、校定版では全て「地汐(ちげき)」に統一されている。これは前述の王仁三郎の教示に従い「汐」を「げき」と読むことにしたのだと思われる。また「汐球」についても戦前は主に「せききう」(新仮名遣いだと「せっきゅう」)とカナが振られていたが、校定版では「げききう」に修正されている。

愛善世界社版は御校正本(三版を校訂したもの)に準拠しているため、本字とカナがまちまちである。

【第6巻】

初版では「地汐(ちげつ)」「汐球(げつきう)」だが、三版以降は「地汐(ちげき)」「汐球(げききう)」に修正されている。(二版は手元にないため未確認)

【霊界物語ネット】

霊界物語ネットでは、第4巻も第6巻も「地汐(ちげき)」「汐球(げききう)」に統一する。(校定版と同じになる)

第4巻

  • 大正11年(1922年)3月30日 初版
  • 昭和4年(1929年)2月15日 二版
  • 昭和7年(1932年)5月30日 三版
初 p344(第44章) 大地の底深く地月(ちげつ)の世界に神退はれたまひ、地月(ちげつ)の精霊に感じて
二 p314 2ヶ所とも「地月(ちげつ)」
三・御 p314 2ヶ所とも「地月(ちげつ)」
校 p277 2ヶ所とも「地汐(ちげき)」
愛 p269 2ヶ所とも「地月(ちげつ)」
R 2ヶ所とも「地汐(ちげき)」
初 p360(第46章) 地球及び地汐(ちげつ)、地星が、
二 p328 「ちげき」
三・御 p328 「ちせき」
校 p290 「ちげき」
愛 p281 「ちせき」
R 「ちげき」
初 p364(第46章) 地汐(ちげつ)をして或は水を(略)地汐(ちげつ)は吸気作用を司る(略)地汐(ちげつ)は鳴門を入口として(略)火球及び地汐(ちげつ)よりは
二 p331-2 4ヶ所とも「ちせき」
三・御 p331-2 4ヶ所とも「ちせき」
校 p292-3 4ヶ所とも「ちげき」
愛 p288 4ヶ所とも「ちせき」
R 4ヶ所とも「ちげき」
初 p363(第46章) 同数同形の汐球(しほきう)が配列されありて(略)大地の諸汐球(しほきう)も
二 p330 2ヶ所とも「せききう」
三・御 p330 2ヶ所とも「せききう」
校 p292 2ヶ所とも「げききう」
愛 p288 2ヶ所とも「せききう」
R 2ヶ所とも「げききう」

第6巻

  • 大正11年(1922年)1月10日 初版
  • 昭和7年(1932年)7月15日 三版
初 p146(第20章) その西南隅なる地汐(ちげつ)の世界に
三・御 p131 「ちげき」
校 p117 「ちげき」
愛 p115 「ちげき」
R 「ちげき」
初 p182(第25章) 洽く地中の地汐(ちげつ)、地星の世界を遍歴し
三・御 p164 「ちげき」
校 p146 「ちげき」
愛 p144 「ちげき」
R 「ちげき」
初 p222(第29章) 即ち地中地汐(ちげつ)の世界に
三・御 p202 「ちげき」
校 p174 「ちげき」
愛 p176 「ちげき」
R 「ちげき」
初 p174(第23章) 又豊国姫命は地中の火球、汐球(げつきう)を守り
三・御 p157 「げききう」
校 p138 「げききう」
愛 p136 「げききう」
R 「げききう」

脚注

  1. ↑ 『新月の光』0164「地汐」:〈「神示の宇宙」にある地汐(昭和七年節分後、聖師様が元は「地月」とありしを改めて)は「ちげき」と読むのである。(昭和七年)〉