「西田元教」の版間の差分

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=== 泉田瑞顕の説 ===
=== 泉田瑞顕の説 ===
[[泉田瑞顕]]著『[[出口聖地と一厘の仕組]]』によると、泉田は昭和56年(1981年)5月21日、[[中矢田]]で<ref>泉田は前日の「いづとみづの会」の会合に出席していた。</ref>森恵昭に出会い、西田元教の話を聞いた。すでに泉田は昭和28年(1953年)6月19日に霊夢によって、[[八重野]](宇知麿の妻)宅にその玉が保管されていることを知っており、森の話は霊夢と一致していた。その霊夢によると、二個の玉は大正5年(1916年)に王仁三郎が[[神島]]で見つけた「金剛不壊の宝珠」と「紫の玉」である(霊界物語に登場する「[[三つの玉]]」を参照)。
[[泉田瑞顕]]著『[[出口聖地と一厘の仕組]]』([[#参考文献]]参照)によると、泉田は昭和56年(1981年)5月21日、[[中矢田]]で<ref>泉田は前日の「いづとみづの会」の会合に出席していた。</ref>森恵昭に出会い、西田元教の話を聞いた。すでに泉田は昭和28年(1953年)6月19日に霊夢によって、[[八重野]](宇知麿の妻)宅にその玉が保管されていることを知っており、森の話は霊夢と一致していた。その霊夢によると、二個の玉は大正5年(1916年)に王仁三郎が[[神島]]で見つけた「金剛不壊の宝珠」と「紫の玉」である(霊界物語に登場する「[[三つの玉]]」を参照)。


西田は大正5年5月の[[神島開き]]の前、約1ヶ月間、王仁三郎の内命によって高砂に滞在し、色々な準備をしていた。<ref>『出口聖地と一厘の仕組』p.9</ref>
西田は大正5年5月の[[神島開き]]の前、約1ヶ月間、王仁三郎の内命によって高砂に滞在し、色々な準備をしていた。<ref>『出口聖地と一厘の仕組』p.9</ref>