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2026年4月16日 (木) 09:36時点における最新版

三大学則(さんだいがくそく)とは、霊力体の三大元に関する次の三ヶ条のこと。
(次はフリガナを付けたもの)
一、天地《てんち》の真象《しんしよう》を観察して真神《しんしん》の体《たい》を思考すべし。
一、万有の運化《うんくわ》の毫差《ごうさ》無きを視《み》て真神《しんしん》の力《ちから》を思考すべし。
一、活物《くわつぶつ》の心性《しんせい》を覚悟《かくご》して真神《しんしん》の霊魂《れいこん》を思考すべし。
概要
この三大学則は、出口王仁三郎が明治30年(1897年)8月下旬、神教を請うため小幡神社に夜ひそかに参籠した際、異霊彦命(本田親徳の神霊)が王仁三郎に伝えた教えである。[1] [2]
王仁三郎はそれまで宗教回りをして真理の探究を続けていたが、この神教を得てから大いに勇気鼓舞して、さらに各教の教えを探り、誤った宗教を改良しようと励むこととなった。[2]
また王仁三郎は、三大学則は明治31年(1898年)の高熊山修業の際に〈案出したる教義の一部〉だとも述べている。(天恩郷の教学碑に刻まれた碑文に記されている #関連文献(D))
文言
#関連文献(B)『王仁文庫 第九篇』では「三、活物の心性」ではなく「真性」になっている。
#関連文献(D)教学碑では三大学則の前後に次の文言が付けられている。
神の黙示は、即ち吾俯仰観察する、宇宙の霊力体の三大を以てす。
(ここに三大学則が入る)
以上の活経典有り。真神たる故由を知る。何ぞ人為の書巻を学習するを用ひん哉。唯不変不易たる、真鑑実理有る而巳。#関連文献(A)『神霊界』創刊号に掲載されている「皇道大本三大学則」には、次のような文言が付加されている。
一 体とは即ち物体にして、化学の所謂元素之れ也、
一 力とは即ち運動の力にして、天体の運行等皆力の所為なり、
一 霊とは即ち神なり吾人の霊魂亦た之に属す、関連文献
三大学則の原文が掲載されている文献や、それが解説されている文献など。
- (A)『神霊界』大正6年(1917年)1月1日号(創刊号)21頁「皇道大本三大学則#」
- (B)『王仁文庫 第九篇 道の大本』「第十五章#」
- (C)『出口王仁三郎著作集 第一巻 神と人間』「本教創世記」第三章#
- (D)(教学碑の碑文)「大本三大学則#」
- (E) 『皇道大本大要』53頁、NDLDL蔵書 PID:1137510/1/42
- 『大本の道』「第二章 三大学則#」
- 『王仁文庫 第五篇 道の大原』「第二章#」
- 『大本のおしえ』24頁「3 大本三大学則」
三大学則と四大綱領は本田親徳著「道の大原」にそのベースとなるものが記されている。