差分

Jump to navigation Jump to search

透明殿

1,763 バイト追加, 2018年11月6日 (火) 09:55
ページの作成:「'''透明殿'''(とうめいでん)は、亀岡天恩郷にあった建物。現在の万祥殿の場所にあり、昭和神聖会統管部が置...」
'''透明殿'''(とうめいでん)は、[[亀岡]]の[[天恩郷]]にあった建物。現在の[[万祥殿]]の場所にあり、[[昭和神聖会]]統管部が置かれていた<ref>『大本七十年史 下巻』「{{obc|B195402c5307|指導精神の統一}}」</ref>。

== 概要 ==
* 建坪120坪、木造二階建て。王仁三郎の応接用を兼ねて昭和神聖会の統管部に当てた。<ref name="B195402c5422">『大本七十年史 下巻』「{{obc|B195402c5422|神苑の造営と祭事}}」</ref>
* 後に敷地内に、十三重の塔が建立された。<ref>「大本年表」昭和10年8月2日の項</ref>
* 霊界物語の校正が行われている。(第7、8、16、19巻)

== 略年表 ==
* 昭和9年(1934年)3月28日、地鎮祭。<ref name="B195402c5422" />
* 同年4月20日、地搗き。5月15日、斧始式。8月16日、立柱式。8月24日、上棟式。<ref name="oomoto_nanpyo">「大本年表」</ref>
* 昭和10年(1935年)2月7日、完成祭。<ref name="oomoto_nanpyo" /> <ref name="B195402c5422" />
* 同年8月2日、石垣工事の竣工式。<ref name="oomoto_nanpyo" />
* 昭和11年(1936年)5月、破壊される。<ref name="oomoto_nanpyo" />

== その他 ==
昭和5年5月5日に神示によって全国一斉に神殿・祠宇の扉が開かれたが、昭和10年10月10日再び神示があり、透明殿や[[光照殿]]の門が一斉に開放された。これは人間界の神業が5年遅れていることを神界から示されたものである。〔新月の光<ref>新月の光0151「昭和五年五月五日」</ref>〕

== 脚注 ==
<references/>

{{デフォルトソート:とうめいてん}}
[[Category:大本の施設]]
[[Category:霊界物語の校正地]]

案内メニュー