鞍馬山
鞍馬山(くらまやま)は、霊界物語に登場する山で、次の2つある。また大本神業において「鞍馬山出修」が行われた山である。
(1) 太古の神代の鞍馬山
(2) 現代の鞍馬山
(1) 太古の神代の鞍馬山
第1巻第25章「武蔵彦一派の悪計」#に1回だけ出て来る。「小島別は(略)つひに自棄気味になつて大々的活動をはじめ、木常姫、中裂彦の悪神を加へ、鞍馬山に立てこもつて該山の魔王と諜し合せ、数万の邪霊を引つれ、強圧的に竜宮城を占領せむと企てた。」
(2) 現代の鞍馬山
- 初出:第37巻第12章「邪神憑」#
- 第37巻では二人の男(小谷重吉、小林貞蔵)に「鞍馬山の魔王大僧正」とか「鞍馬山の大僧坊」と名乗る野天狗が憑依する場面が出て来る。[1]
- 第38巻では、明治33年(1900年)10月の「鞍馬山出修」の様子が記されている。帰綾後のある夜、「鞍馬山の大僧正」が綾部に来て本宮山に鎮まった。[2]
現実の鞍馬山
- 現実の鞍馬山は京都市の北東部にある標高584mの山。密教の修験の山で、宝亀元年(770年)に毘沙門天を本尊とする鞍馬寺が創建された。
- 牛若丸(源義経)が修行した山で、牛若丸に剣術を教えた鞍馬天狗が住むと伝えられる。
俊寛
出口王仁三郎が昭和3年(1928年)1月、喜界島に巡教[3]した時に次の歌を詠んでいる[4]。俊寛は流刑地の喜界島で死んだと言われているが、実は生きて帰り鞍馬山で「鬼一法眼《きいちほうげん》」になったというもので、曲亭馬琴の『俊寛僧都島物語』もそういう話になっている。
- 太平洋荒波に浮く此の島に俊寛ありし昔しのばゆ
- 俊寛は窃《ひそ》かに帰り鞍馬山に天狗と名乗り源家《げんけ》を起《おこ》せり
- 大僧正鬼一法眼と名をかへて牛若丸に軍学教へぬ