霊界物語第49巻の諸本相違点

出典: 出口王仁三郎と霊界物語の大百科事典『オニペディア(Onipedia)』
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霊界物語第49巻の諸本相違点について記す。

霊界物語諸本相違点とは、霊界物語刊本の諸本(初版校定版愛善世界社版など)の本文の相違点のことである。

  • 諸本すべてをチェックしたわけではない。飯塚弘明霊界物語ネットのデータ作成の過程において気がついた相違点をピックアップしたものである。霊界物語ネットは愛善世界社版を底本にしており、主に愛善世界社版八幡書店版との相違点をピックアップしてある。全ての相違点ではなく、あくまでも気がついた点だけである。
  • 八幡書店版の本文は校定版とほぼ同じである。また、王仁DBのデータは霊界物語ネットと同じである。
  • 各諸本を次のように略す。 初…戦前の初版 再…戦前の再版(第二版のこと) 三…戦前の三版(四版以降も同様に略す) 御…聖師御校正本 普…普及版 校…校定版 修…修補版 八…八幡書店版(八幡版) 愛…愛善世界社版(愛世版) R…霊界物語ネット
  • 最も基準にすべき原典は御校正本であり、それと他の諸本を比較すべきである。また、八幡版の底本は校定版である。しかし霊界物語ネットのデータ作成の段階では御校正本や校定版が入手できなかったため、やむを得ず、八幡版や愛世版を基準にして、御校正本や校定版を比較しているかのような書き方をしている場合もある。
  • 天祥地瑞は最初から校正された状態で発刊されているため、御校正本というものは存在しない。戦前発行された初版と、戦後発行された版(再版以降)との比較になる。
  • ストーリー上の矛盾や、意味の変更を伴うような重大な相違点については 【重大】 という表示を付けた。

p37下 あるひは筆録者の放逸不覊の守護に感じて、
p16 或は筆録者の放逸不覊の守護に感じて、
愛世版と同じ
p38上 人間に要なるものを常に与へたまふ。
p19 人間に要なるものを常に与へ玉ふ。
愛世版と同じ
p62上 イソの館の奥の神殿にみ、
p85 イソの館の奥の神殿にみ、
愛世版と同じ
p79下 しかしてかかる事は、甚しく想に耽る者の間に
p131 而してかかる事は甚しく想に耽る者の間に
愛世版と同じ
p83下 さうして今まではこの聖も、ヘグレ神社や
p140 さうして今迄は此聖もヘグレ神社や
愛世版と同じ
p177(第10章) 何と現な男だ事』
p151 何と現な男だこと』
p86上 校定版と同じ
p145 御校正本と同じ
御校正本と同じ
p178(第10章) には何か嬉しい事がなくては
p151 御校正本と同じ「には」
p86上 これ何か嬉しいことがなくては
p145 御校正本と同じ
御校正本と同じ
p194(第11章) ほんに不思議事だなア
p165 御校正本と同じ
p90下 ほんに不思議ことだなア
p159 御校正本と同じ
御校正本と同じ
p248 休ましてやらなりませぬからな』
p255 休ましてやらなりませぬからな』
愛世版と同じ
p337(第18章) 何うかして、此処に居坐りたいがお前さまどうかして、とつときの智慧を出して
p281 どうかして、ここに居坐りたいが、お前さま、とつときの智慧を出して
p133上 校定版と同じ
p273 御校正本と同じ
御校正本と同じ