出典: 出口王仁三郎と霊界物語の大百科事典『オニペディア(Onipedia)』
『このみち』創刊号
このみちは、大正時代に大本が発行していた機関誌。
(出口王仁三郎が皇典講究所時代に文芸クラブ秋津会の月刊雑誌『このみち』主筆となったが[1]、それとは異なる)
- 大正5年(1916年)4月11日、根本学社から『このみち』創刊。その後、『敷嶋新報』と『このみち』が合併して『敷嶋新報・このみち』となった。[2]
- 大正6年(1917年)1月、『敷嶋新報・このみち』は改題され、『神霊界』が発刊。号数は受け継いでいるので、『神霊界』1月号は第43号になっている。[3]
脚注