出口聖子

出典: 出口王仁三郎と霊界物語の大百科事典『オニペディア(Onipedia)』
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出口聖子(でぐち きよこ、1935~2001年)は、大本四代教主。出口直日(三代教主)の三女。夫は出口斎。筆名「花明山その(かめやま その)」。

  • 昭和10年(1935年)2月19日(旧1月12日)生まれ。
  • 名前は王仁三郎が、昭和神聖会の「聖」の一字をとって名付けた。[1] [2]
  • 三諸斎と結婚して「三諸」姓になる。
  • 昭和57年(1982年)5月26日(旧閏4月4日)出口直日の長女である直美は教嗣を取り消され、代わって妹の聖子が教嗣となる。(当時は「三諸」姓だが後に「出口」姓に戻す。)
  • 昭和63年(1988年)1月、三代教主・直日が病気のため教主代行に就任。
  • 平成2年(1990年)9月23日(旧8月5日)、三代教主の帰幽に伴い四代教主に就任する。
  • 平成13年(2001年)4月29日(旧4月6日)、帰幽する。66歳。 (養女の出口紅が五代教主を継承)

主な著書

関連項目

脚注

  1. 真如の光』昭和10年(1935年)3月3日号p20「直日様は十九日午後十時二十分女児御安産、御両人とも頗る御健全であるが、節分祭当日聖師様より神聖会に因んで『聖子(きよこ)』と御命名になった」
  2. 大本関東教区七十年史』当時教嗣だった出口聖子による「大本関東教区七十年史を読んで」p3:「私は昭和神聖会の勢い真盛りな昭和十年初め頃に、生まれさせられましたが、当時、私の名をつけるについて父母の間で意見の相違があり、そのあげく、母がついに聖師様にお願いしたそうで、聖子の聖の字は、神聖会の聖の一字をとって名づけて下さったと聞かされております」