「水茎の岡」の版間の差分
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水茎文字はいつでも誰でも見えるものではない。また、見なくてはいけないようなものでもない。王仁三郎は次のように教えている。 | 水茎文字はいつでも誰でも見えるものではない。また、見なくてはいけないようなものでもない。王仁三郎は次のように教えている。 | ||
{{inyou|琵琶湖に出る水茎文字を水茎の岡山から見るのは彼岸の中日であって、神界から使命のある人でないと竜宮から見せられぬ。王仁と大石凝先生だけが見たのであって、側にいても見えないのである。琵琶湖に見にゆくのが大変だから後では、金竜海(綾部大本神苑内)を造って見ていたのである。一つの証拠に見るだけであって一度見たら十年か十五年は見る必要はないのである。神代文字で自由に現われるから、これの判らないものは出ていても判らないのである。| | {{inyou|琵琶湖に出る水茎文字を水茎の岡山から見るのは彼岸の中日であって、神界から使命のある人でないと竜宮から見せられぬ。王仁と大石凝先生だけが見たのであって、側にいても見えないのである。琵琶湖に見にゆくのが大変だから後では、金竜海(綾部大本神苑内)を造って見ていたのである。一つの証拠に見るだけであって一度見たら十年か十五年は見る必要はないのである。神代文字で自由に現われるから、これの判らないものは出ていても判らないのである。| 『[[新月の光]]』0614「水茎文字は神代文字」 }} | ||
== 万葉集の故地 == | == 万葉集の故地 == | ||