「入蒙」の版間の差分
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これによって渡支(支那に渡る)の決心を定め、今夜のうちに出発することを数名の側近に告げた。〔{{rm|nm|6|出征の辞}}〕 | これによって渡支(支那に渡る)の決心を定め、今夜のうちに出発することを数名の側近に告げた。〔{{rm|nm|6|出征の辞}}〕 | ||
=== 目的 === | |||
王仁三郎の入蒙の目的は、〈宗教的、平和的に蒙古を統一し東亜連盟実現の基礎を立て〉ることである。当時の中国大陸は清朝が崩壊(最後の皇帝・[[溥儀]]が1912年2月12日に退位)し、中華民国が樹立されたものの、全土を支配したわけではなく、各地で軍閥が勃興し、国内は混乱状態であった。王仁三郎の使命は世界統一である。〈宗教的に世界の統一を図り地上に天国を建設する準備として先づ新王国を作り、東亜の連盟を計るのが順序〉だと考えて、入蒙を決意した。〔{{rm|nm|5|心の奥}}〕 | |||
入蒙の決意を促すいくつかの出来事がある。一つは3年前と同じ特異な天文現象を目撃したことである。二つ目は現地協力者が出現したことである。2月5日、王仁三郎は[[矢野祐太郎]](入蒙記では[[唐国別]]という名)から[[盧占魁]]の存在を聞いた。盧占魁は蒙古で英雄視されている馬賊の大巨頭で、もし王仁三郎と会見して意見が合ったら天下のために大活動をやってみたいと渇望しているということを矢野から聞いた。盧占魁という現地協力者が現れたことが王仁三郎の入蒙の決意を促進させた。〔{{rm|nm|4|微燈の影}}~{{rms|nm|5|心の奥}}〕 | |||
王仁三郎の初期目的は蒙古を宗教的に統一することだが、側近たちは王仁三郎から〈まず蒙古におもむき、そこから新彊へ、さらにエルサレムに足をのばして、いずれは中国の五台山<ref>五台山には多数の寺院があり、中国の四大仏教名山の一つとされる。</ref>で世界宗教会議をひらいて、各宗教の連合を結成するのだと聞かされていた。それは『霊界物語』にある[[素盞嗚尊]]の世界遍歴のくだりとも符合するものであった〉<ref>『大本七十年史 上巻』「{{obc|B195401c4411|普天教と回教徒との関係}}」</ref>。 | |||
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