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「教主殿」の版間の差分

出典: 出口王仁三郎と霊界物語の大百科事典『オニペディア(Onipedia)』
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[[ファイル:大本教主殿(絵葉書).jpg|thumb|綾部の教主殿。]]
'''教主殿'''(きょうしゅでん)は、
'''教主殿'''(きょうしゅでん)は、


# [[綾部]]の神苑にあった建物。大正8年(1919年)9月に完成。([[教祖殿]]とは別)
(1) [[綾部]]の神苑にあった建物。大正8年(1919年)9月に完成。([[教祖殿]]とは別)
# [[霊界物語]]に登場する殿閣。[[綾の聖地]]の[[錦の宮]]にある。教主は[[言依別命]]。初出:{{rm|27|4|教主殿}}
 
# 霊界物語[[第27巻第4章]]の章題。
(2) [[霊界物語]]に登場する殿閣。[[綾の聖地]]の[[錦の宮]]にある。教主は[[言依別命]]。初出:{{rm|27|4|教主殿}}
 
(3) 霊界物語{{rm|27|4|}}の章題。錦の宮の教主殿が舞台となる。


本項では綾部の教主殿について解説する。
本項では(1)について解説する。
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== 概要 ==
== 概要 ==
* 平屋の瓦葺きで、建坪66坪、8畳4室、10畳4室。<ref>『大本七十年史 上巻』「{{obc|B195401c2323|綾部神苑の拡張と整備}}」</ref>
* 平屋の瓦葺きで、建坪66坪、8畳4室、10畳4室。<ref>『[[大本七十年史]] 上巻』「{{obc|B195401c2323|綾部神苑の拡張と整備}}」</ref>
* [[統務閣]](大正3年竣成)、[[金竜殿]](同)、教主殿(大正8年竣成)は棟続きだった。
* [[統務閣]](大正3年竣成)、[[金竜殿]](同)、教主殿(大正8年竣成)は棟続きだった。
* 教主殿は[[霊界物語]]の口述場所としても使われ、[[第53巻]]・[[第61巻]]・[[第67巻]]の一部分と、[[第62巻]]・[[第63巻]]の大部分が教主殿で口述されている。
* 教主殿は[[霊界物語]]の口述場所としても使われ、[[第53巻]]・[[第61巻]]・[[第67巻]]の一部分と、[[第62巻]]・[[第63巻]]の大部分が教主殿で口述されている。
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2026年10月20日 (火) 19:36時点における最新版

綾部の教主殿。

教主殿(きょうしゅでん)は、

(1) 綾部の神苑にあった建物。大正8年(1919年)9月に完成。(教祖殿とは別)

(2) 霊界物語に登場する殿閣。綾の聖地の錦の宮にある。教主は言依別命。初出:第27巻第4章「教主殿」#

(3) 霊界物語第27巻第4章#の章題。錦の宮の教主殿が舞台となる。

本項では(1)について解説する。


概要

略年表

  • 大正8年(1919年)4月3日、五六七殿・黄金閣・教主殿の地鎮祭。[2]
  • 同年4月5日、斧始式。[2]
  • 同年4月28日、上棟式。[2]
  • 同年9月6日(旧7月12日)、竣成。聖師御誕生祭を兼ねて祝宴が開かれる。[2]
  • 大正14年(1925年)3月25日、教主殿の屋上にラジオアンテナ取り付け。[2]
  • 同年4月4日、王仁三郎は教主殿の襖80枚に6日間で揮毫する。[2]
  • 昭和11年(1936年)、第二次大本事件により教主殿は解体され、片山津(石川県加賀市)の温泉旅館に売却された。[3]

脚注

  1. ↑ 『大本七十年史 上巻』「綾部神苑の拡張と整備#」
  2. ↑ 2.0 2.1 2.2 2.3 2.4 2.5 「大本年表」
  3. ↑ 『大本七十年史 上巻』「建造物破却の命令#」