中京刑務支所
中京刑務支所(なかぎょうけいむししょ)は、京都刑務所の支所で、未決囚を収容する施設。現在の京都拘置所。第二次大本事件で出口王仁三郎らは、最初に中立売警察署に留置された後、中京刑務支所に収監された。「中京区刑務支所」とも呼ばれる。
現在は伏見区竹田にあるが、第二次事件当時は御所の南側、堺町御門の近くにあった。(当時の住所は中京区竹屋町通リ富小路西入ル菊屋町合一番地[1])
- 大正13年(1924年)に京都刑務所上京支所として発足。
- 昭和4年(1929年)上京刑務支所に改称。
- 昭和5年(1930年)中京刑務支所に改称。(京都市の区制度変更による)
- 昭和16年(1941年)京都刑務所から独立して京都拘置所になる。
- 昭和36年(1961年)現在地(島津製作所十条工場の跡地)に移転。(現住所は伏見区竹田向代町138)
【参考文献】
- 矯正協会『矯正風土記 : 矯正協会創立百周年記念 昭和63年 下』昭和63年(1988年)、140~142頁「京都拘置所」、NDLDL蔵書 PID:12869799/1/74
- 『刑務界』昭和15年(1940年)2月号、35頁、NDLDL蔵書 PID:1475140/1/25
外部リンク
- 京都拘置所 - ウィキペディア