差分

Jump to navigation Jump to search

硫黄谷

10 バイト追加, 2024年4月17日 (水)
編集の要約なし
──[[喜楽]]は[[矢田の滝]]へ修業に通い始めてから7日目、自宅を出て硫黄谷の大池のそばで、周囲一里あると言われている山間の大池の中に、2~3丈(6~9m)ばかりある背の高い赤い丸顔の男がいるのを見る。この怪物は池の水に腰あたりまでつかり、バサリバサリと自分の方へ向かって歩いて来るように見え、一心不乱に惟神霊幸倍坐世と称えながら池端を東へ走って行った。
医王谷の近辺には大小いくつかの池や沼があるが、硫黄谷の大池とは現在の中山池のことか?(地図参照)医王谷の近辺には大小いくつかの池や沼があるが、「硫黄谷の大池」とは現在の中山池のことか?(地図参照)
鍬山神社はもともと医王谷に鎮座していた。→「[[鍬山神社]]はもともと医王谷に鎮座していた。→「[[鍬山神社#概要]]」
また、平安時代中期の医者・丹波康頼(たんばのやすより。[[丹波哲郎]]の遠祖)が医王谷に住み、薬草を栽培し<ref>『京都府地名大辞典 上巻』1050頁右の「中山池」の項「医王谷にはかつて平安期の名医丹波康頼が住み、薬草を栽培していたという」。1420頁右の「矢田荘」の項。『同 下巻』495頁右の「下矢田町」の項「地内の医王谷は丹波康頼居住の地と伝えられ、一帯に珍奇な薬草が見られる」。</ref>、[[鍬山神社]]を崇敬していたと伝えられている。

案内メニュー