喬育
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ウヅの国司・国依別が妻・末子姫に自分が思う教育は「喬育」だと教育論を説く。
末子姫が〈貴方の教育の教は獣扁に王の狂でせう〉と国依別を馬鹿にしたのに対して、国依別は〈俺の云ふ教育の教はそんなのではない。森林の中に雲を凌いで聳え立つ喬木(注・高い木のこと)の喬だ。現代の如うな教育の行方では、床の間に飾る盆栽は作れても、柱になる良材は出来ない。野生の杉檜松などは、少しも人工を加へず、惟神の儘に成育してゐるから、立派な柱となるのだ。今日の如うに児童の性能や天才を無視して、圧迫教育や詰込教育を施し、折角大木にならうとする若木に針金を巻いたり、心を摘んだり、つつぱりをかうたりして、小さい鉢に入れて了ふものだから、碌な人間は一つも出来やしない。惟神に任して、思ふままに子供を発達させ、智能を伸長させるのが真の教育だ。〉
この教育論は、王仁三郎が「放任主義」等と呼んで他のところでも説いている。