大本略義(おおもとりゃくぎ)は、出口王仁三郎の著述。大正5年(1916年)の講演録。

概要

本著が掲載された書物は次のものがある。

  • 大本神観(大本教学資料 第一集)』昭和32年(1957年)、大本教学院、53~60頁、第三篇「大本略義」:本書は「序」から「幽の顕」までが収録された抄出である。
  • 出口王仁三郎著作集 第一巻』昭和47年(1972年)、読売新聞社、198~239頁、「大本略義」、〔霊界物語ネット「大本略義#」〕

『出口王仁三郎著作集 第一巻』の編者・村上重良による「解説」に次のように記されている。

 本編は、大本の神観についての述作であり、教義上の体系的な述作としては数少ないまとまった論文である。本編の主要部分は、第一次世界大戦中の大正五年九月に行なわれた講演の要旨を文章化したもので、戦後の大正八年に大幅に加筆訂正され、写本によって教内で行なわれた。本巻では、「大正十四年三月二十九日」の奥書を付した成瀬勝勇筆、大本本部所蔵の写本を底本とした。なお、同じ底本による抄出が、大本教学院編『大本神観』(昭和三十二年、タイプ印刷本)におさめられているが、同書は「大本教学資料・第一集」として、主として布教者の研修用に少部数刊行されたものである。そのため「大本略義」の完本が教内外にひろく公開されるのは、本巻が最初である。

 本編は、序で第一次大戦後の世界情勢から説きおこし、大本の使命、真神、神と宇宙、霊力体、時間と空間、一元と二元、霊主体従、進左退右、天地剖判、顕幽の神称、幽の幽、幽の顕、理想の標準、厳瑞二霊の全十五章にわたって、大本の基本的な神観を述べている。このうち、序、理想の標準、厳瑞二霊の各章は、内容からみて大正八年の述作と推定される。

 序は大正八年の加筆で、外国に追随し模倣に終始してきたとして日本人を批判し、日本人は、ほんらい神の選民であり、神の世界経綸の指導者であると主張している。この種の選民思想は、国家神道が一貫して唱導してきた国粋主義と軌を一にするものであり、当時においては、日本帝国主義の排外侵略の方向を宗教的に基礎づけた思想に他ならない。しかし出口王仁三郎は、本巻所収の同時期の論文「信仰の堕落」(大正六年)では、日本を神国とし、日本人を神の選民とする思想を明確に否定しており、それとは明らかに矛盾するこの日本人論も、後段の大本による神政実現(大正維新)の主張の伏線として述べられていることに、注目する必要があろう。

 以下の各章では、神観の要点が詳述されているが、内容的には必ずしも一貫していない。宇宙の独一真神で大元霊とするアメノミナカヌシノカミを、中国の太極、天、キリスト教のヤーウェ、ゴッド、インドの梵天であるとしている典型的な習合神道的神観と、この神すなわち宇宙を霊・力・体としてとらえ、すべての運動を相対二元で説明する宗教的世界観は、充分に整序されているとは言いがたいが、独自の大本「神学」として展開されている。とくに、神業を神霊界の大成と人間界の大成の二種として、四段階に区分し、言霊学による『古事記』の解釈に依拠して、大本教義の基本をなす厳瑞二霊を、それぞれアマテラスオオミカミとその子の五男神、スサノオノミコトとその子の三女神とし、両者の合一によって「地之神界」の経綸が成就するとしている「神学」は、第一次世界大戦中から戦後に、大本がはげしく主張しつづけていた大正維新論の教義的基礎を構築したものといえよう。

 本編の眼目は、『古事記』と出口ナオの『神諭』を二大神啓とし、大本開祖によって示された「二度目の立て替え立て直し」が、第一次世界大戦後におこるべき一大変革「大正維新」にほかならないとしている点にある。この主張は、明治維新によって「王政」は復古したが、「神政」の復古は大正維新によってはじめて実現するという論法で、明治維新の意義の大半を否定し、それによって成立した近代天皇制国家権力の宗教的権威を、事実上、否認する現状打破論であった。本編で展開されている大本の神観は、特異な宗教国家であった国家神道体制下の日本で、国家神道が依拠する正統神話に異なる解釈を加えることで、大本がもとめていた「変革」を宗教的に基礎づけたものとして評価されよう。
出典: 『出口王仁三郎著作集 第一巻』「解説」479~480頁

関連項目