この項目では、八十熊別・高照彦である熊公について説明しています。その他の熊公については「熊公」をご覧ください。

この項目では、高照彦である白日別について説明しています。その他の白日別については「白日別」をご覧ください。

高照彦(たかてるひこ)は、霊界物語に登場する人物。最初は「熊公(くまこう)」というあだ名で呼ばれ、その後「八十熊別(やそくまわけ)」という名前が明かされ、さらにその正体は国治立命の御子・高照彦だと明かされる。そして「白日別(しらひわけ)」に改名して、筑紫の国守護職となる。

概要

主なエピソード

熊公は最初は、豊の国の谷川で雑談にふける4~5人の杣人の中の一人の大男として登場する。筑紫の国へ進む日の出神一行(日の出神、豊日別(=虎転別)、祝姫面那芸)が通りかかる。日の出神は熊公に、豊の国の都まで案内してくれと頼む。〔第7巻第38章雲天焼#

熊公は森林から数十頭の駱駝を引っ張ってきて、日の出神一行を駱駝の背中に乗せ、豊の都まで連れて行った。実は熊公は豊の国の大酋長で本名を八十熊別と言う。彼は神通力を持っており、日の出神一行が筑紫島に渡り、熊襲の国に上陸し、肥の国を越えて、豊の国に下ることを前知して、砂漠を渡ることができるように数多の駱駝を引き連れて、霧島山の山麓で一行を迎えるために待っていたのだった。〔第7巻第39章駱駝隊#

豊の都の八十熊別の館で、日の出神、八十熊別、豊日別は互いに、自分の素性を打ち明かす。日の出神は神伊弉諾大神の落胤、八十熊別は国治立命の落胤の「高照彦」、豊日別は神素盞嗚大神の落胤の「豊国別」であった。3人はこの奇遇に感謝した。日の出神は豊日別を豊の国の守護職に任じ、高照彦・祝姫・面那芸を連れて、筑紫の国へ向けて旅立った。〔第7巻第40章三人奇遇#

高照彦は回顧談を話す。──聖地エルサレムで国治立命の御子として生まれたが、少しの過ち(どういう過ちかは不明)から父に勘当されて追放され、筑紫の島で八十熊別となって長い歳月を送った。聖地の混乱や父母の危難を聞いて帰りたかったが、勘当されていたので帰れなかった。大洪水後は砂漠を切り拓いて今日まで過ごして来た。〔第7巻第41章枯木の花#

日の出神一行は筑紫の都の、白日別の館に入ると、そこには誰もおらず、一枚の紙片に白日別の書き置きが記されていた[6]。そこには──自分は白日別と言い、筑紫の国の大酋長である。一昨夜の夢に、「国治立命の御子(つまり高照彦)と神伊邪那岐命の御子(つまり日の出神)が現れるから、汝ら一族はこの国と館を明け渡し、高砂島に渡ってその島の守護職となれ」というお告げがあった──と記されていた。日の出神はそれにより、高照彦を筑紫の国の守護職に任じ、名を白日別に改名させた(つまり襲名した)。〔第7巻第46章白日別#

関連項目

脚注

  1. 第33巻第23章鉄鎚#:東助の歌〈高照彦の珍の子と 生れ出でたる三人の 其一人となり出でし 吾は東野別神〉
  2. 第7巻第40章三人奇遇#
  3. 第7巻第39章駱駝隊#
  4. 第7巻第46章白日別#
  5. 第7巻第38章雲天焼#:〈一人の勝れて大の男泰然自若として首を傾け〉、第7巻第39章駱駝隊#:〈大の男の熊公〉
  6. 原文には「遺書」と書かれているが、死んだわけではない。
  7. 第19巻第9章身魂の浄化#:〈唯今より荒鷹、鬼鷹では有りませぬ。隆靖彦、隆光彦と名を与へます〉