霊界物語第29巻の諸本相違点

霊界物語第29巻の諸本相違点について記す。

霊界物語の諸本相違点とは、霊界物語刊本の諸本(初版、校定版、愛善世界社版など)の本文の相違点のことである。

  • 諸本すべてをチェックしたわけではない。飯塚弘明が霊界物語ネットのデータ作成の過程において気がついた相違点をピックアップしたものである。霊界物語ネットは愛善世界社版を底本にしており、主に愛善世界社版と八幡書店版との相違点をピックアップしてある。全ての相違点ではなく、あくまでも気がついた点だけである。
  • 八幡書店版の本文は校定版とほぼ同じである。また、王仁DBのデータは霊界物語ネットと同じである。
  • 各諸本を次のように略す。 初…戦前の初版 再…戦前の再版(第二版のこと) 三…戦前の三版(四版以降も同様に略す) 御…聖師御校正本 普…普及版 校…校定版 修…修補版 八…八幡書店版(八幡版) 愛…愛善世界社版(愛世版) R…霊界物語ネット
  • 最も基準にすべき原典は御校正本であり、それと他の諸本を比較すべきである。また、八幡版の底本は校定版である。しかし霊界物語ネットのデータ作成の段階では御校正本や校定版が入手できなかったため、やむを得ず、八幡版や愛世版を基準にして、御校正本や校定版を比較しているかのような書き方をしている場合もある。
  • 天祥地瑞は最初から校正された状態で発刊されているため、御校正本というものは存在しない。戦前発行された初版と、戦後発行された版(再版以降)との比較になる。
  • ストーリー上の矛盾や、意味の変更を伴うような重大な相違点については 【重大】 という表示を付けた。

戦前の版に掲載されていた『凡例』は、戦後の版には掲載されていない。本文中の所々に、単語のエスペラント訳を片仮名で挿入してあり、その説明である。しかし戦後の版からはエスペラント訳は削除されたため(御校正本で削除されたため)、凡例も掲載されていない。愛世版の追注p306~7に、それに関する注記がある。


戦前の版には、『端書』の後に、次の文(A)が余白歌的な扱いで掲載されている(「重松太喜三」の姓名折込歌)。御校正本では、さらにその後ろに(B)の文が書き加えられている。(A)(B)いずれも戦後の版には掲載されていない。愛世版の追注p305~6にそれに関する注記がある。

(A)

同志社大学
重松太喜三氏エスペラント教授のため大本へ出張大正十二年七月一日より仝七日まで百三拾名の信徒に対し五六七殿に於て一週間の講習を了られたれば祝して読める。
   ○
重り栄ふ松の太元まめ人は喜び勇三エスペラント学ぶ

(B)

   ○
昨年七月一日より柳原燁子事白蓮女史大本に滞在中なりしが宮崎龍介なる恋人に誘はれ大正十二年七月一日帰京せり大本に滞在期間満一ヶ年なり


戦前の版(御校正本も含む)には、第19章の後ろに、次の歌が、余白歌的に掲載されている。

               瑞月
一切の慾望も 名誉も 生命も
財産も 地位も 神の道の為には
或は捨つることあるべし然し茲に一つ
捨てがたきもの 苦しきものあり
そは人生の花とも云ふべき恋にぞありける
偽らぬ若き人々の心の内は 遺憾なく有島武郎氏の
情死にありて証拠立てられたり
アハヽヽヽヽ嘘だ嘘だ滑稽だ


  • 御校正本・愛世版の「ニユージランド」が、校定版・八幡版では「ニユージーランド」に直されている。霊界物語ネットでは直さずに「ニユージランド」のままにしておく。→詳細は「第7巻の諸本相違点」を見よ
  • 御校正本・愛世版の「一つ島」などの「島」が、校定版・八幡版では「洲」に修正されている場合が多い。霊界物語ネットでは御校正本と同じ「島」にする。
  • 「煙(烟)」のフリガナが御校正本・愛世版では「けぶり」だが、校定版・八幡版では「けむり」の場合がある。霊界物語ネットでは御校正本と同じにする。
  • 御校正本・校定版・愛世版の「一生懸命」が、八幡版では「一所懸命」になっている場合がある。霊界物語ネットでは御校正本と同じにする。
  • 御校正本・校定版・八幡版の「駈」が、愛世版では「駆」になっている場合がある。霊界物語ネットでは「駆」にする。

御校正本・愛世版の「了見」や「量見」が、校定版・八幡版では「了簡」に修正されている場合が多い。霊界物語ネットでは御校正本と同じにする。 【御校正本のページと使用されている文字】

  • 第7章p119「モウいゝ加減に了見して下さいなア」
  • 第8章p138「サアサア今日よりサツパリと了見を直し」
  • 第8章p148「己一了見で教主の意見も聞かず」
  • 第8章p160「私がどこが悪神だ。モウ了見しませぬぞえ」
  • 第10章p185「左様な量見では三五教の取次は許すことは出来ませぬ」
  • 第15章「私一量見では参りませぬ」

御校正本で「さん」を「さま」に訂正し忘れている箇所を、愛世版では「さま」に直している。

御 p58(第3章) テーさんに登つておろしてきて
校 p48 御校正本と同じ
八 p482上 御校正本と同じ
愛 p48 テーさまに登つておろして来て
R 愛世版と同じ
御 p126(第7章) 私は途中で牛童丸さんに
校 p105 御校正本と同じ
八 p503上 御校正本と同じ
愛 p104 私は途中で牛童丸さまに
R 愛世版と同じ

御校正本で「ん」を「ぬ」に訂正している箇所を、校定版・八幡版では直しわすれている箇所がある。

御 p90(第5章) 誠に済みませぬ。お前さまが
校 p76 誠にすみません。お前さまが
八 p493上 校定版と同じ
愛 p76 御校正本と同じ
R 御校正本と同じ
御 p101(第6章) 強ち徒労ではありませぬな。
校 p86 強ち徒労ではありませんな。
八 p496上 校定版と同じ
愛 p85 御校正本と同じ
R 御校正本と同じ

御 p7(端書) コロンビヤ、ボリビヤ、ブラジル(物語ハルの国)
校 p7 コロンビヤ、ボリビヤ、ブラジル(物語にはハルの国) (「には」を付加している)
八 p467 校定版と同じ
愛 p7 御校正本と同じ
R 校定版と同じ (もっと前の頁では「コロンビヤ(物語にはカル)」のように「には」があるので、「には」が無いのは脱字だと考えられる)
御 p7(端書) 而(しか)して、地味の肥沃なることは無比である。
校 p7 そして、地味の肥沃なことは無比であります。
八 p467 校定版と同じ
愛 p7 御校正本と同じ
R 御校正本と同じ
八 p467 香高き蘭科植物の多種なこと、人間が乗れさうな巨大な花、大蛇の如き大蔓草、人間の頭ほどある種々の美味な果物、
愛 p8 香高き蘭科植物の多種なること、人間が乗れさうな巨大なる花、大蛇の如き大蔓草、人間の頭ほどある種々の美味なる果物、
R 愛世版と同じ
八 p467 全く新しい発見に係るものであります。(略)団扇程の蝶が居ます。(略)極めて多量であるが、(略)進めて居るのであります。
愛 p8 全く新しい発見に係るものである。(略)団扇程の蝶が居る。(略)極めて多量であれども、(略)進めて居るのである。
R 愛世版と同じ
御 p13(第1章) 吾妻別(あづまのわけ)の神司(略)朝日輝く吾妻別(あづまのわけ)
校 p13 吾妻彦(あづまのひこ)の神司(略)朝日輝く吾妻彦(あづまのひこ)
八 p469上 校定版と同じ
愛 p13 御校正本と同じ (追注p307に「第三巻、第六巻では青雲山の八頭神は吾妻彦」との注記あり)
R 【重大】校定版と同じ(青雲山の八頭神は「吾妻彦」である。これについて御校正本には混乱が見られる。 →王仁三郎文献考証の「青雲山の八頭神「吾妻彦」」を見よ)
御 p20(第1章) ヒルの国、ハルまでも
校 p19 ヒルの国、ハルの国までも
八 p471上 校定版と同じ
愛 p18 御校正本と同じ
R 御校正本と同じ(2020/5/12までは校定版と同じ)
八 p472上 玉の蒐集に全力
愛 p20 玉の収集に全力
R 愛世版と同じ
御 p25(第1章) 千仭(せんじん)の功を一簣に虧く様な事が (「九仭の功を一簣に虧く」という諺は一般に使われるが、「千仭の功」というのは不明)
校 p23 御校正本と同じ
八 p472下 九仭(きうじん)の功を一簣に虧く様な事が
愛 p22 御校正本と同じ
R 御校正本と同じ(2020/5/12までは八幡版と同じ)
御 p29(第1章) 竹筒を右手(みぎて)に握つたまま、
愛 p25 竹筒を右手(にぎて)に握つたまま、 (誤字)
R 「みぎて」
八 p477下 烟(けぶり)の中より現はれ、
愛 p34 煙(けぶり)の中より現はれ、
R 愛世版と同じ
御 p38(第2章) 鷹依姫の帰神を盲信したるが故なり。帰神に迷信したる (王仁三郎が校正の際に書き加えたものであり、振り仮名は無い)
普 p18上 「神がかり」「帰神」(振り仮名は無し)
校 p38 2ヶ所とも「神憑(かむがか)り」
八 p478下 校定版と同じ
愛 p38 2ヶ所とも「帰神(かむがかり)」
R 【重大】愛世版と同じ (第48巻第1章「聖言」#に帰神・神懸・神憑の違いが説明されてあり、校定版はそれを考慮して「神憑」に直したのではないかと思われる。しかしそもそも王仁三郎自身が校正の際に「帰神」と書いた文章なので、「帰神」にしておく)
八 p478下 しかしながら又一方には、
愛 p38 然(さ)り乍(なが)ら又一方には、
R 愛世版と同じ
御 p47(第3章) 言宣(ことふ)れ神と身をやつし
校 p40 御校正本と同じ
八 p479上 言触(ことふ)れ神と身をやつし
愛 p39 御校正本と同じ
R 御校正本と同じ
御 p50(第3章) 代る代る黄金の玉を錦の袋に納め、肩に担いでアリナ山の急坂を
校 p42 錦の袋に納めた黄金の玉を代る代る肩にかついでアリナ山の急坂を
八 p480上 校定版と同じ
愛 p42 御校正本と同じ
R 【重大】御校正本と同じ (代わる代わる玉を袋に納めた、よりも、代わる代わる肩に担いで山を登り降りした、という方が理解しやすい行為だが、代わる代わる玉を袋に納めるという行為が理解できないわけでもないので、御校正本の通りとする)
八 p482下 滅多に不調法はありますまい。
愛 p49 滅多に無調法はありますまい。
R 愛世版と同じ
八 p486下 一向掴まへどころのないのに業を煮やし、
愛 p59 一向掴まへ所のないのに劫を煮やし、
R 愛世版と同じ
八 p491下 初めに引つかかる人間が
愛 p72 始めに引つかかる人間が
R 愛世版と同じ
八 p493上 『常彦、早う逃げろ、また高姫に
愛 p76 『常彦、早う逃げろ逃げろ、又高姫に
R 愛世版と同じ
八 p493下 寝るにも寝られず、平垣な芝生を (誤字)
愛 p77 寝るにも寝られず、平坦(へいたん)な芝生を
R 愛世版と同じ
八 p493下 踊りを始めた。
愛 p77 踊り始めたり。
R 愛世版と同じ
八 p494下 そこへ国依別司
愛 p79 そこへ国依別神
R 愛世版と同じ
八 p495下 大変ぢやからなア、桑原桑原
愛 p84 大変ぢやからなア。アヽ桑原々々
R 愛世版と同じ
八 p496下 お前さまは私に、甘く
愛 p86 お前さまは私を、甘く
R 愛世版と同じ
八 p497下 『あゝヽそれで分かりました。
愛 p88 『あゝそれで分りました。
R 愛世版と同じ
八 p498上 流石はお前見上げたものだ。
愛 p90 流石はお前は見上げたものだ。
R 愛世版と同じ
八 p498下 必ず追つかけて来るものと信じて、
愛 p91 必ず追つかけ来るものと信じて、
R 愛世版と同じ
八 p499上 結構にして救けてやらうと遊ばすのだ。
愛 p92 結構にして助けてやらうと遊ばすのだ。
R 愛世版と同じ
御 p112(第6章) いろいろと寄(よ)つて居るだらうなア』
校 p94 いろいろと集(よ)つてゐるだらうなア』
八 p499上 校定版と同じ
愛 p93 御校正本と同じ
R 御校正本と同じ(2020/5/12までは校定版と同じ)
御 p120(第7章) 犬の葬連(さうれん)でも、牛の骨でも (一般的には「葬殮」または「葬斂」と書く)
校 p100 御校正本と同じ
八 p501下 犬の葬斂(さうれん)でも、牛の骨でも
愛 p99 御校正本と同じ
R 御校正本と同じ(2020/5/12までは校定版と同じ)
八 p503下 気を引いてみたのだよ』
愛 p104 気を曳いて見たのだよ』
R 愛世版と同じ
御 p129(第7章) 俺達がグウグウ休んでる間で、ソツと
校 p108 俺たちがグウグウ休んでる間に、ソツと
八 p504上 校定版と同じ
愛 p106 御校正本と同じ
R 校定版と同じ(「で」では文意がおかしくなる)
御 p133(第8章) 天津日継天皇様の御昇降遊ばす、
校 p111 天津日継天皇の御昇降遊ばす、(「様」がない)
八 p505上 校定版と同じ
愛 p109 御校正本と同じ
R 御校正本と同じ
御 p133(第8章) 行幸橋と云ふ意味である。又帝陵を
校 p111 行幸橋といふ意味である。また帝陵を
八 p505上 (「また」が抜けている)
愛 p110 御校正本と同じ
R 御校正本と同じ
御 p133(第8章) 鏡の池の傍には狭依彦命の神霊が
校 p111 鏡の池の傍には狭依彦の神霊が (「命」がない)
八 p505下 校定版と同じ
愛 p110 御校正本と同じ
R 御校正本と同じ
御 p134(第8章) 木の香(にほひ)香(かう)ばしく
校 p111 木の匂(にほひ)香(かう)ばしく
八 p505下 校定版と同じ
愛 p110 御校正本と同じ
R 御校正本と同じ
八 p505下 イイイ、意気地なしの常彦
愛 p111 イヽヽ、意久地なしの常彦
R 愛世版と同じ
八 p509上 天地顛倒のお前の迷言(よまひごと)。(「世」がない)
愛 p119 天地顛倒のお前の世迷言(よまいごと)。
R 愛世版と同じ
八 p510上 イイイ、意気地を立て通し
愛 p121 イヽヽ、意久地を立通し
R 愛世版と同じ
御 p148(第8章) 独り噪(はしや)いでも、世の中は
校 p123 御校正本と同じ
八 p510上 独り燥(はしや)いでも、世の中は
愛 p122 御校正本と同じ
R 八幡版と同じ (一般的には「燥ぐ」と書く。「噪」は「さわぐ」と読みが「はしゃぐ」とは読まない)
御 p150(第8章) 練木(れんぎ)で腹を切れと云ふやうな、
校 p124 御校正本と同じ
八 p510下 連木(れんぎ)で腹を切れといふやうな、
愛 p123 御校正本と同じ
R 八幡版と同じ(「連木」と「練木」は意味が違う。「れんぎで腹を切れ」という諺で使われるのは「連木」の方。「練木」(ねりぎ)は「トロロアオイの異称」〔広辞苑〕)
御 pあ(第8章) 盲碌神(まうろくがみ)を誠の神と信じて盲従して
校 p127 耄碌神(まうろくがみ)を誠の神と信じて盲従して
八 p511下 校定版と同じ
愛 p125 御校正本と同じ
R 御校正本と同じ(一般的には「耄碌」と書くが、「盲従」に引っ掛けているのかも知れないので「盲」のままにしておく)
八 p512上 香ばしい匂を現はす
愛 p127 香ばしい香(にほひ)を現はす
R 愛世版と同じ
八 p513下 スツポン神の迷言(よまひごと)が伝染しかけましたよ』(「世」がない)
愛 p131 スツポン神の世迷言(よまいごと)が伝染しかけましたよ』
R 愛世版と同じ
八 p513下 高姫さまの迷言(よまひごと)が、(「世」がない)
愛 p131 高姫さまの世迷言(よまいごと)が、
R 愛世版と同じ
八 p514下 掃き清めたる村肝の
愛 p134 掃き浄めたる村肝の
R 愛世版と同じ
八 p516上 朝な夕なに真心こめて、
愛 p140 朝な夕なに真心を籠めて、
R 愛世版と同じ
御 p172(第9章) 国と玉との鏡の池及び狭依彦の宮に仕へたる神主は驚いて、
校 p141 鏡の池および狭依彦の宮に仕へたる国と玉との神主は驚いて、
八 p516下 校定版と同じ
愛 p140 御校正本と同じ
R 校定版と同じ(御校正本のままだと、文意が通じにくい)(2020/5/12までは御校正本と同じ)
御 p172(第9章) 両人は夫婦に神命(しんめい)を与へた事と、
校 p142 両人は夫婦に神名を与へたことと、
八 p516下 校定版と同じ
愛 p140 御校正本と同じ
R a193 御校正本と同じ(この箇所より少し前に「名を与へたれ共」と書いてあるので、文脈上は「神名」を与えたと捉えるのが妥当だが、「神命」を与えたと捉えても理解可能なので、そのままにしておく)(2020/5/12までは校定版と同じ)
八 p517下 のう、穴でもあつたらモグリ込みたい (「春彦」がない)
愛 p143 喃(のう)春彦、穴でもあつたらモグリ込みたい
R 愛世版と同じ
御 p178(第9章) 根の国底の国の制敗(せいばい)に
校 p146 御校正本と同じ
八 p518下 根の国底の国の成敗に (一般的には「成敗」と書くのが正しい)
愛 p145 御校正本と同じ
R 御校正本と同じ(2020/5/12までは八幡版と同じ)
八 p518下 何が何やら合点がゆかず、
愛 p145 何が何やら合点行かず、(「が」がない)
R 愛世版と同じ(2020/5/12までは八幡版と同じ)
御 p178(第9章) 高姫の顔を打守(うちまも)つて居る。
校 p146 高姫の顔を打ち見守つてゐる。
八 p518下 校定版と同じ
愛 p145 御校正本と同じ
R 御校正本と同じ(2020/5/12までは校定版と同じ)(「打ちまもる」は「じっと見つめる」の意〔広辞苑〕)
八 p519上 悪の企みは永続きは致しませぬぞえ。
愛 p147 悪の企みは長続きは致しませぬぞえ。
R 愛世版と同じ
八 p519上 一日も早く来れよと (「持」がない)
愛 p147 一日も早く持来(もちきた)れよと
R 愛世版と同じ
八 p519上 竜国別と云ふ審神様(さにはさま)や、
愛 p147 竜国別と云ふ審神者様(さにはさま)や、
R 愛世版と同じ
八 p521下 ヤツパリ形のある宝の方が
愛 p153 ヤツパリ形ある宝の方が (「の」がない)
R 愛世版と同じ
八 p521下 何とかかんとか言つて
愛 p153 何とか、彼(か)とか云つて
R 愛世版と同じ
八 p522下 栃麺棒(とちめんぼう)を振り、
愛 p156 橡麺棒(とちめんぼう)を振り、
R 愛世版と同じ(「栃」は「橡」の国字)
八 p523下 らゝゝ乱脉振りといつたら、
愛 p158 らゝゝ乱脈振と云つたら、
R 愛世版と同じ(「脉」は「脈」の異体字)
八 p524上 こけ徳利のやうに
愛 p160 こけ徳利のよに
R 愛世版と同じ
八 p526上 頭の光つた脇立の狭依彦霊(さよりひこのかみ)、
愛 p165 頭の光つた脇立の狭依彦神(さよりひこのかみ)、
R 愛世版と同じ
八 p526下 と真心から語り出したので、
愛 p165 と真心から語り出したるを、
R 愛世版と同じ
八 p526下 一同は常彦の言葉に従ひ、
愛 p165 一同は常彦の言(ことば)に従ひ、
R 愛世版と同じ
八 p527上 八百八十柱の立派な国魂神が、(「八」がない)
愛 p167 八百八十八柱の立派な国魂神が、
R 愛世版と同じ(常世会議に参加したのは八百八十八柱。第4巻第4章、第7章参照)
八 p528下 女神の前に降つて来た。
愛 p170 女神の前に降り来たりぬ。
R 愛世版と同じ
八 p531下 アリナの高山……あなたの御健脚には (「とうとう」がない)
愛 p180 アリナの高山……とうとう貴女の御健脚には
R 愛世版と同じ
八 p535上 お願ひ申すは畏れ多いことでございますが、
愛 p188 御願申すは畏(おそれおほ)いことで御座いますが、
R 愛世版と同じ
八 p535上 半死半生の体(てい)で苦しんで居る。
愛 p189 半死半生の態(てい)で苦しんでゐる。
R 愛世版と同じ
八 p536上 あゝ実に畏れ多いことだ。
愛 p191 あゝ実に畏(おそれおほ)いことだ。
R 愛世版と同じ
八 p536上 コリヤキツト他(ひと)のこつちやない、
愛 p192 コリヤキツと人(ひと)のこつちやない、
R 愛世版と同じ
八 p536下 妾のやうな者を系統だなどと
愛 p192 妾のやうな者を系統だなぞと
R 愛世版と同じ
八 p536下 変性男子の系統などとは申しませぬから、
愛 p192 変性男子の系統なぞとは申しませぬから、
R 愛世版と同じ
御 p241-242(第13章) 仰有つたぢやないか。鰐が無(な)けりや、甘鯛鱒から
校 p201 おつしやつたぢやないか。鰐が悪けりや、甘鯛鱒から
八 p537下 校定版と同じ
愛 p195 御校正本と同じ
R a312 【重大】御校正本と同じ(直後に「ソリヤお前違ふぢやないか、鰐が悪けりや……だない、鰐に悪けりや、」云々という台詞が出てくるので「無」ではなく「悪」が正しいと思われる。第5巻第38章「回春の歓」#の祝部神の歌であるが、そこでも「悪」である。しかし「鰐」を「王仁」に引っ掛けて、他のこと(大本事件)を暗喩しているような感じもするので「無」のままにしておく)(2020/5/12までは校定版と同じ)
八 p539下 三五教の神髄を
愛 p201 三五教の真髄を
R 愛世版と同じ
八 p541下 縦と緯と夫婦揃ふて
愛 p206 経と緯と夫婦揃うて
R 愛世版と同じ
八 p544上 名のついた奴が乗つてやせぬかなア。 (「居」がない)
愛 p213 名のついた奴が乗つて居(ゐ)やせぬかなア。
R 愛世版と同じ
八 p545上 鷹依姫、竜国別、テーリスタン、カーリンス、
愛 p215 鷹依姫、竜国別、テーリスタンにカーリンス、
R 愛世版と同じ
御 p280(第15章) 隙を覘(ねら)つて憑いてゐた
校 p232 御校正本と同じ
八 p549上 隙を狙つて憑いてゐた
愛 p225 御校正本と同じ
R 御校正本と同じ (「覘」は「ねらう」とは読まない。「うかがう」と読む。ジッと様子を見る、という意味があるので、不適当な使い方ではない)
八 p549下 大海中(おほわだなか)に落ち入りて
愛 p227 大和田中(おほわだなか)に落入りて
R 愛世版と同じ
八 p550下 祝を兼ねたる偽(いつは)らざる告白歌に
愛 p230 祝を兼ねたる佯(いつは)らざる告白歌に
R 愛世版と同じ
八 p551上 大海中(おほわだなか)に浮びたる
愛 p232 大和田中(おほわだなか)に浮びたる
R 愛世版と同じ
八 p551下 春彦は又もや歌ひ出した。 (「り」がない)
愛 p233 春彦は又もや歌ひ出したり。
R 愛世版と同じ
御 p290,293~4(第16章) 春彦は又もや歌ひ出した(略)テルの国王のお側役 私はアンナと申す者(略)如意宝珠(略)捜しに行きました(略)と常彦が(略)話する そこで私はヒルの国(略)カナンと申す男ぞと
校 p243 春彦はまたもや歌ひ出した(略)ヒルの国王のお側役 私はアンナと申す者(略)如意宝珠(略)捜しに行きました(略)と常彦が(略)話する そこで私はテルの国(略)カナンと申す男ぞと
八 p552下 校定版と同じ
愛 p233,p236 御校正本と同じ
R a095 【重大】(略)私はカナンと申す者(略)と春彦が(略)アンナと申す男ぞと (2020/5/12までは校定版と同じ)(愛世版p308追注にこの件に関する注記あり)


これは第5章「引懸戻し」での常彦と春彦の会話を後に回顧した歌である。春彦がテルの都のカナン、常彦がヒルの都のアンナと名乗り(第6章「玉の行衛」で常彦が「春彦はカナン、私はアンナ」と名乗ったと話している)、カナンが玉を探しに暗間山へ行ったがすでに誰かが掘り出した後だった、というウソの会話をしている。
第5章の記述を正解とするなら、
「テル」の「カナン」は「春彦」 カナンが玉を探しに行った
「ヒル」の「アンナ」は「常彦」
となる。
しかし御校正本の第16章の記述では
「テル」の「アンナ」は「常彦」 アンナが玉を探しに行った
「ヒル」の「カナン」は「春彦」
となるので、間違っている。
校定版では、
「ヒル」の「アンナ」は「常彦」 アンナが玉を探しに行った
「テル」の「カナン」は「春彦」
となるので、国名と人名の対応は正しいが、玉を探しに行った人物が間違っている。
この第16章の春彦の歌を、最小限度の固有名詞の修正で、第5~6章の記述に合致した文章に直すとするなら、次のようになる。3ヶ所を修正した。

春彦は又もや歌ひ出した(略)テルの国王のお側役 私はカナンと申す者(略)如意宝珠(略)捜しに行きました(略)と春彦が(略)話する そこで私はヒルの国(略)アンナと申す男ぞと

しょせんはウソの話なのであまり重要ではないが、読者の混乱を避けるため、霊界物語ネットでは上記のように直すことにした。

八 p554上 などと又もや迷言(よまひごと) (「世」がない)
愛 p241 などと又もや世迷言(よまいごと)
R 愛世版と同じ
八 p555下 悦びの歌を唄つた。
愛 p246 悦びの歌を唄ひけり。
R 愛世版と同じ
八 p559下 お前さまの家(うち)へ夜中に忍び込み、
愛 p258(第17章) お前の内(うち)へ夜中に忍び込み、
R 愛世版と同じ
八 p559下 お前さまが外から
愛 p258 お前が外から
R 愛世版と同じ
八 p560上 一行であつた。この時に若しも、
愛 p259 一行であつた。あの時に若しも、
R 愛世版と同じ
八 p560下 生命の恩人で御座います』 (「御」がない)
愛 p261 生命の御恩人で御座います』
R 愛世版と同じ
御 p327(第18章) 所刑(しおき)に会ふは知れた事
校 p272 御校正本と同じ
八 p561下 処刑(しおき)に会ふは知れたこと
愛 p263 御校正本と同じ
R 御校正本と同じ(2020/5/12までは八幡版と同じ)
御 p327(第18章) 茲に危き玉の緒の
校 p273 ここに危ふき玉の緒の
八 p561下 校定版と同じ
愛 p264 茲は危き玉の緒の (誤字)
R 御校正本と同じ
八 p563下 人間だらうが、獣だらうが、
愛 p269 人間だろが、獣だらうが、
R 愛世版と同じ
御 p338(第19章) 但(ただし)野狐野狸か (「は」がない)
校 p282 ただしは野狐野狸か
八 p564下 校定版と同じ
愛 p272 御校正本と同じ
R 御校正本と同じ
八 p565上 ワヽヽヽ海中(わだなか)の
愛 p274 ワヽヽヽ和田中(わだなか)の
R 愛世版と同じ
八 p565上 口に食はへてフーフーと
愛 p275 口に喰はへてフーフーと
R 愛世版と同じ
八 p565下 出て来ないとテーカーが
愛 p276 出て来ないとテ、カが
R 愛世版と同じ
八 p565下 安置しながらタヽヽ
愛 p276 按置し乍らタヽヽ
R 愛世版と同じ
八 p566上 幸ひタヽヽ鷹依の
愛 p278 幸ひタヽヽヽ鷹依の
R 愛世版と同じ
八 p566上 カヽヽヽ神様に
愛 p278 カヽヽヽヽ神様に
R 愛世版と同じ
八 p566下 人事不省の為体(ていたらく)
愛 p279 人事不省の為態(ていたらく)
R 愛世版と同じ
八 p567上 陥り水底フヽヽ
愛 p281 陥り水底フヽヽヽ
R 愛世版と同じ
八 p568上 夕日を沿びて汽車の窓
愛 p284 夕日を浴(あ)びて汽車の窓
R 愛世版と同じ