大本教
大本教(おおもときょう、たいほんきょう)は、
(1) 大本の通称名。「おおもときょう」と読む。
戦前は、教団側が自ら「大本教」と名乗ることもよくあった。王仁三郎自身も、霊界物語等で「大本教」と言っている。外部の人はほぼすべてが「大本教」と呼んでいた。
戦後は、「大本」が正式名称であり、教団側が自ら「大本教」という通称を使うことはない。また外部の人が「大本教」と呼ぶこともあまりない。
(2) 大本が大正2年(1913年)7月12日から称した教団名。「たいほんきょう」と読む。
一九一三(大正二)年七月一二日には、大日本修斎会の会則が訂正され、あらたに「大本教教則」として発表された。「本会」とあるのを「大本教」とし、「会祖」を「開祖」とあらためた。筆先には、早くから「この大本は云々」と大本の名がつかわれていたが、「大本教」という名称が、教団としてはじめて、規則の上に正式に用いられたのはこの時からである。
大正5年(1916年)4月22日に、正式名称が「皇道大本」に改められた。