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前期の茶碗の一部には、「斎入(さいにゅう)」と呼ぶ外見上の特徴が生じたものがあった。
前期の茶碗の一部には、「斎入(さいにゅう)」と呼ぶ外見上の特徴が生じたものがあった。


斎入のある茶碗は、第二次大本事件の際に当局によって全て破却されてしまったようで、現存していない。
斎入のある茶碗は、第二次大本事件の際に当局によって全て破却されてしまったようで、現存しているものはほぼない。


少年時代に大本で奉仕した[[中村六郎]](備前焼の陶芸家<ref>{{wp|中村六郎}}</ref>)は次のように記している。
少年時代に大本で奉仕した[[中村六郎]](備前焼の陶芸家<ref>{{wp|中村六郎}}</ref>)は次のように記している。
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{{inyou| また聖師様は本年二月より亀岡天恩郷において陶器楽焼(真如楽焼と称されている)をお始めになり、茶碗、盃などを沢山造られつつありますが、楽焼の代表者とされておる齋入と云う名工が、今より約五百年前初めて焼き出した一種の硬度結晶即ち齋入焼と云う天下の珍品が続々焼き出されて来たので、専門家を驚倒せしめ、今や斯界の問題となりております。そして聖師御作の茶碗または盃にて茶、水などをいただくと、病気が治ったり酒癖が直ったりする顕著なる実例が随所に頻発しております。|井上留五郎『暁の烏』(大正14年、天声社)「{{obc|B116500c084|(四)瑞月聖師の肉筆(書画)について}}」p128-129 }}
{{inyou| また聖師様は本年二月より亀岡天恩郷において陶器楽焼(真如楽焼と称されている)をお始めになり、茶碗、盃などを沢山造られつつありますが、楽焼の代表者とされておる齋入と云う名工が、今より約五百年前初めて焼き出した一種の硬度結晶即ち齋入焼と云う天下の珍品が続々焼き出されて来たので、専門家を驚倒せしめ、今や斯界の問題となりております。そして聖師御作の茶碗または盃にて茶、水などをいただくと、病気が治ったり酒癖が直ったりする顕著なる実例が随所に頻発しております。|井上留五郎『暁の烏』(大正14年、天声社)「{{obc|B116500c084|(四)瑞月聖師の肉筆(書画)について}}」p128-129 }}
現在の大本本部では、斎入のある茶碗が存在することを認めており、公式サイト内「[https://oomoto.or.jp/wp/oshie/onisaburo_youwan/zenki_rakuyaki/ 前期楽焼]」によると二代教主から三代教主に渡った「水泡(みなわ)」という銘の茶碗が現存しているという。


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