「新月のかけ」の版間の差分
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また、太陽が完全に月に隠れる直前と、月から抜け出した直後に生じるダイヤモンドリングは月面の凸凹によって生じるので、これもまた「新月のかけ」というような光景である。 | また、太陽が完全に月に隠れる直前と、月から抜け出した直後に生じるダイヤモンドリングは月面の凸凹によって生じるので、これもまた「新月のかけ」というような光景である。 | ||
この昭和18年旧元日の皆既日食を「新月のかけ」と王仁三郎が呼んだ可能性があると、飯塚は推測している。「新月のかけ」という文言は、王仁三郎が'''保釈出所(昭和17年8月7日)した後の染筆の中から選ばれた'''<ref name="shikaban_kotoba" />ので、その可能性は十分にある。 | |||
なお、ChatGPTの計算によると、皆既日食が起きる頻度は次のようになる。 | なお、ChatGPTの計算によると、皆既日食が起きる頻度は次のようになる。 | ||
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しかし、昭和18年2月5日の皆既日食は、綾部や亀岡では観測できなかった。日本で観測されたのは北海道中部~東部<ref>[https://www.tsm.toyama.toyama.jp/?tid=102136 20世紀中に日本国内でみられた皆既日食・金環日食] - 富山市科学博物館</ref>(つまり日本の艮)であり<ref>時刻は朝7時50~53分頃</ref>、綾部や亀岡では部分日食が観測された<ref>時刻は朝7時32~34分頃</ref>。 | しかし、昭和18年2月5日の皆既日食は、綾部や亀岡では観測できなかった。日本で観測されたのは北海道中部~東部<ref>[https://www.tsm.toyama.toyama.jp/?tid=102136 20世紀中に日本国内でみられた皆既日食・金環日食] - 富山市科学博物館</ref>(つまり日本の艮)であり<ref>時刻は朝7時50~53分頃</ref>、綾部や亀岡では部分日食が観測された<ref>時刻は朝7時32~34分頃</ref>。 | ||
他に王仁三郎在命中の旧元日に起きた皆既日食としては、昭和9年(1934年)2月14日があるが、皆既日食が観測できたのは南洋~太平洋上であり、内地では部分日食の観測だけである。従って'''王仁三郎在命中に内地で観測できた旧元日の皆既日食は昭和18年2月5日だけ'''である。 | |||
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