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「虎穴問答」の版間の差分

出典: 出口王仁三郎と霊界物語の大百科事典『オニペディア(Onipedia)』
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'''虎穴問答'''(こけつもんどう)とは、[[第二次大本事件]]の第二審公判のときに、[[出口王仁三郎]]が裁判長に問いかけた、禅の問答のことである。
'''虎穴問答'''(こけつもんどう)とは、[[第二次大本事件]]の第二審公判のときに、[[出口王仁三郎]]が裁判長に問いかけた、禅の問答のことである。おそらく王仁三郎オリジナルの問答だと思われる(→「[[#仏教との関係]]」)。


== 要旨 ==
== 要旨 ==
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裁判長「それでは訊ねるが、この事件は結社の組織罪が問題になっていて、お前がその結社の首魁(しゅかい)ということになっているのだよ。たとえ死んでも首魁のお前が結社を認めさえしなかったら、部下の被告等は助かったかも知れんじゃないか。自己を犠牲にしても人を助けるのが宗教家の本領じゃと私は思う。お前の答弁を聞いていると、自分が助かりたいために、部下を抱き落しにかけても構わぬというやり方のように聞えるが、それでも宗教家としてよいのか」
裁判長「それでは訊ねるが、この事件は結社の組織罪が問題になっていて、お前がその結社の首魁(しゅかい)ということになっているのだよ。たとえ死んでも首魁のお前が結社を認めさえしなかったら、部下の被告等は助かったかも知れんじゃないか。自己を犠牲にしても人を助けるのが宗教家の本領じゃと私は思う。お前の答弁を聞いていると、自分が助かりたいために、部下を抱き落しにかけても構わぬというやり方のように聞えるが、それでも宗教家としてよいのか」


 裁判長は容易に予審調書の否認を許そうとはしない。すかさず王仁三郎は「裁判長、私の方から一寸お訊ねしたいのです。禅宗の間答に『人虎孔裡に墜つ』というて、一人の人間が虎の棲んでいる穴へ誤って落ち込んだと仮定して、その時落ち込んだ人はどうしたら好いのかという問答があります。裁判長あなたはこれをどうお考えになりますか」とやりかえした。
 裁判長は容易に予審調書の否認を許そうとはしない。すかさず王仁三郎は「裁判長、私の方から一寸お訊ねしたいのです。禅宗の問答に『人虎孔裡に墜つ』というて、一人の人間が虎の棲んでいる穴へ誤って落ち込んだと仮定して、その時落ち込んだ人はどうしたら好いのかという問答があります。裁判長あなたはこれをどうお考えになりますか」とやりかえした。


裁判長「私は法律家で宗教家ではないから、そんなことは分らぬ。どういうことかね」
裁判長「私は法律家で宗教家ではないから、そんなことは分らぬ。どういうことかね」
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 王仁三郎はこの禅問答で、大本を弾圧した権力を虎にたとえ、教団や王仁三郎自身を虎穴に落とされた人にたとえて、予審で無理やりに署名捺印させられた時の事情、無謀と弾圧に対する自己の態度を述べたのである。|[[出口栄二]]『[[大本教事件]]』1970年、三一書房、p227~p229}}
 王仁三郎はこの禅問答で、大本を弾圧した権力を虎にたとえ、教団や王仁三郎自身を虎穴に落とされた人にたとえて、予審で無理やりに署名捺印させられた時の事情、無謀と弾圧に対する自己の態度を述べたのである。|[[出口栄二]]『[[大本教事件]]』1970年、三一書房、p227~p229}}
== 仏教との関係 ==
「虎穴問答」というのは、おそらく後世、大本側でそのように呼ぶようになったもので、「虎穴問答」と称する禅問答は仏教にないようである。また、内容的に同じ禅問答も存在しないようである(少なくとも有名な禅問答ではない)。
「虎」を題材に用いた禅問答や仏教説話は多い。
「虎穴問答」に内容が似ている有名な仏教説話に「捨身飼虎(しゃしんしこ)」がある。これは「釈迦が前世で、飢えて弱った虎の親子を見て、自分の身を投げ出して、虎に食べさせた」という、自己犠牲の慈悲が説かれた説話である。
「虎穴問答」と内容的に似ているが、主題が異なる。王仁三郎が言う「虎穴問答」は、「虎穴に落ちた人間は、逃げても、戦っても、じっとしていても食われる。そこで、自分から虎に食わせる、という逆転によって、愛と誇りを残す」という思想である。
『碧巌録(へきがんろく)』という有名な公案集に、「虎穴問答」と同じ「問」がある。次のように文言は多少異なる。
〈只如入虎穴時如何。試挙看。〉〔『碧巌録』第二十七則「雲門体露金風」の「垂示」<ref>「垂示」とは本則に入る前の導入の言葉。「本則」とは祖師たちの具体的な問答。</ref>〕
読み下し文は「ただ虎穴に入る時の如きは如何。試みに挙す看よ」となる。
その回答は示されてはいない。ここで言う「虎穴に入る」とは、本物の虎が棲む洞窟に入るという意味ではなく、禅師の前に出て生命をかけて問答する、ということの比喩のようである。
「虎穴問答」はおそらく、この「虎の穴に入ったら」という質問だけを王仁三郎が使い、答えは王仁三郎が創出したオリジナルの"禅問答"ではないかと思われる。


== 外部リンク ==
== 外部リンク ==
* {{obc|Z9002|愛と誇りに生きる(仮題)}} - 霊界物語ネット:出口栄二『出口栄二選集 第一巻』(1981年刊)p156からの引用。
* {{obc|Z9002|愛と誇りに生きる(仮題)}} - 霊界物語ネット:出口栄二『出口栄二選集 第一巻』(1981年刊)p156からの引用。
* {{wp|碧巌録}}
* 『碧巌録大講座 第五巻』昭和14年、平凡社、{{ndldl|1246903/1/66}}
== 脚注 ==
<references/>


[[Category:文献|こけつもんどう]]
{{デフォルトソート:こけつもんとう}}
[[Category:文献]]

2026年9月24日 (木) 00:23時点における最新版

虎穴問答(こけつもんどう)とは、第二次大本事件の第二審公判のときに、出口王仁三郎が裁判長に問いかけた、禅の問答のことである。おそらく王仁三郎オリジナルの問答だと思われる(→「#仏教との関係」)。

要旨

「人虎孔裡に墜つ」(じん こ こうり に おつ)という禅問答がある。虎が棲んでいる穴に人が落ちた。そのときどういう態度を取るか?

逃げると後ろから跳びかかってくる。刃向かって行っても虎の方が力が強い。ジッとしていても、虎が腹が減ってきたら喰われてしまう。いずれにしても助からない。

しかし一つだけ生きる道がある。喰われるのではなく、こちらから喰わしてやるのである。喰われたら後には何も残らないが、自分の方から喰わしてやれば、後には愛と誇りが残る。その愛と誇りを残すのが、宗教家としての生きる道である。

この禅問答により、王仁三郎は自分の第二次大本事件に対する態度を示した。

全文

公判記録そのものを載せた文献はないようなので、それを載せた文献からの孫引きである。

 王仁三郎の生涯は神の使命と信教自由の実現への苦闘にいろどられていた。二次弾圧下においてもその態度はかわらず、たたかいの姿勢は高い見識と、愛と誇りにいきる宗教者の信念でつらぬかれていた。二審の公判で高野裁判長は、王仁三郎が予審調書を全面的に否認したことをするどく追求したが、王仁三郎の答弁はなかなかふるっている。

 それは、裁判長と被告という立場をこえて、人間対人間の息づまるようなやりとりであった。

王仁三郎「予審調書は、予審判事の創作です。私の云うことは一つも採り上げてはくれず、鼻歌を唄うような調子で勝手に書き上げてしまったのです」

裁判長「王仁三郎、お前は予審調書の終りに自分で署名し捺印しているね。その署名捺印の前には『右録取し読み聞けたるに本人承認し署名捺印したり』と書いてあるね。分っているか」

王仁三郎「それは判っていますが、署名捺印せねば通してくれません」

裁判長「お前も大本教という数十万の信徒を有する宗教の管長様じゃないか。なぜ気に入らない調書ならば徹底的に争わぬか」

王仁三郎「そんなことをしていたら、しまいに殺されてしまいます」

裁判長「たとい殺されても、そこが管長様じゃないか。気にくわぬ調書には絶対に判をつかぬという範を人に示さねばならぬ身分じゃないか」

王仁三郎「私はそんな闇から闇へ、何のために死んだのか訳の判らぬような屠むられ方はいやです。公判で言うだけの事を言って、聞く人に聞いてもらうまでは無暗に死に度くはありません」

裁判長「それでは訊ねるが、この事件は結社の組織罪が問題になっていて、お前がその結社の首魁(しゅかい)ということになっているのだよ。たとえ死んでも首魁のお前が結社を認めさえしなかったら、部下の被告等は助かったかも知れんじゃないか。自己を犠牲にしても人を助けるのが宗教家の本領じゃと私は思う。お前の答弁を聞いていると、自分が助かりたいために、部下を抱き落しにかけても構わぬというやり方のように聞えるが、それでも宗教家としてよいのか」

 裁判長は容易に予審調書の否認を許そうとはしない。すかさず王仁三郎は「裁判長、私の方から一寸お訊ねしたいのです。禅宗の問答に『人虎孔裡に墜つ』というて、一人の人間が虎の棲んでいる穴へ誤って落ち込んだと仮定して、その時落ち込んだ人はどうしたら好いのかという問答があります。裁判長あなたはこれをどうお考えになりますか」とやりかえした。

裁判長「私は法律家で宗教家ではないから、そんなことは分らぬ。どういうことかね」

王仁三郎「人間より虎の方の力が強いから、逃げようと後を見せると、直ぐ跳びかかって来て噛み殺される。はむかって行ったらくわえて振られたらモウそれっきりです。ジッとしていても、そのうち虎が腹が減って来ると喰い殺されてしまう。どちらにしても助からないのです」

裁判長「それはそうだろうな」

王仁三郎「ところが、一つだけ生きる途があります。それは何かというと、喰われては駄目だ、こちらから喰わしてやらねばなりません。喰われたら後に何も残らんが、自分の方から喰わしてやれば後に愛と誇りとが残る。その愛と誇りを残すのが、宗教家としての生きる道だ、というのがこの問答の狙いなのです」

裁判長は「その点はモウそれで宜しい」と追及をうちきってしまった。

 王仁三郎はこの禅問答で、大本を弾圧した権力を虎にたとえ、教団や王仁三郎自身を虎穴に落とされた人にたとえて、予審で無理やりに署名捺印させられた時の事情、無謀と弾圧に対する自己の態度を述べたのである。
出典:出口栄二『大本教事件』1970年、三一書房、p227~p229

仏教との関係

「虎穴問答」というのは、おそらく後世、大本側でそのように呼ぶようになったもので、「虎穴問答」と称する禅問答は仏教にないようである。また、内容的に同じ禅問答も存在しないようである(少なくとも有名な禅問答ではない)。

「虎」を題材に用いた禅問答や仏教説話は多い。

「虎穴問答」に内容が似ている有名な仏教説話に「捨身飼虎(しゃしんしこ)」がある。これは「釈迦が前世で、飢えて弱った虎の親子を見て、自分の身を投げ出して、虎に食べさせた」という、自己犠牲の慈悲が説かれた説話である。

「虎穴問答」と内容的に似ているが、主題が異なる。王仁三郎が言う「虎穴問答」は、「虎穴に落ちた人間は、逃げても、戦っても、じっとしていても食われる。そこで、自分から虎に食わせる、という逆転によって、愛と誇りを残す」という思想である。

『碧巌録(へきがんろく)』という有名な公案集に、「虎穴問答」と同じ「問」がある。次のように文言は多少異なる。

〈只如入虎穴時如何。試挙看。〉〔『碧巌録』第二十七則「雲門体露金風」の「垂示」[1]〕

読み下し文は「ただ虎穴に入る時の如きは如何。試みに挙す看よ」となる。

その回答は示されてはいない。ここで言う「虎穴に入る」とは、本物の虎が棲む洞窟に入るという意味ではなく、禅師の前に出て生命をかけて問答する、ということの比喩のようである。

「虎穴問答」はおそらく、この「虎の穴に入ったら」という質問だけを王仁三郎が使い、答えは王仁三郎が創出したオリジナルの"禅問答"ではないかと思われる。

外部リンク

  • 愛と誇りに生きる(仮題)# - 霊界物語ネット:出口栄二『出口栄二選集 第一巻』(1981年刊)p156からの引用。
  • 碧巌録 - ウィキペディア
  • 『碧巌録大講座 第五巻』昭和14年、平凡社、NDLDL蔵書 PID:1246903/1/66

脚注

  1. ↑ 「垂示」とは本則に入る前の導入の言葉。「本則」とは祖師たちの具体的な問答。