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「七人の女」の版間の差分

出典: 出口王仁三郎と霊界物語の大百科事典『オニペディア(Onipedia)』
ページの作成:「'''七人の女'''(しちにんのおんな)とは、 (1) 大本神諭で使われている言葉。 大本は七人の女の神様が代々生まれて来て世を継ぐと決められている<ref>出口澄子の日記『大福帳』の昭和22年(月不明)8日に〈大本は七人の女の神さまが代々生まれてきて世を継ぐと、筆先にきめであるのじゃぞ。〉と記されている。〔『第三次大本事件…」
 
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'''七人の女'''(しちにんのおんな)とは、
'''七人の女'''(しちにんのおんな)とは、


(1) [[大本神諭]]で使われている言葉。
# [[大本神諭]]で使われている言葉。→「[[#大本神諭]]」
# [[霊界物語]]{{rm|9|31|}}の章題。→「[[#章題]]」


== 大本神諭 ==
[[大本]]は七人の女の神様が代々生まれて来て世を継ぐと決められている<ref>[[出口澄子]]の日記『[[大福帳]]』の昭和22年(月不明)8日に〈大本は七人の女の神さまが代々生まれてきて世を継ぐと、筆先にきめであるのじゃぞ。〉と記されている。〔『[[第三次大本事件の真相]]』147頁〕</ref>。出口直は七人の女の中の「随一」であると言われている<ref name="B195401c1434">『[[大本七十年史]] 上巻』「{{obc|B195401c1434|稲荷講社と本田親徳}}」</ref>。
[[大本]]は七人の女の神様が代々生まれて来て世を継ぐと決められている<ref>[[出口澄子]]の日記『[[大福帳]]』の昭和22年(月不明)8日に〈大本は七人の女の神さまが代々生まれてきて世を継ぐと、筆先にきめであるのじゃぞ。〉と記されている。〔『[[第三次大本事件の真相]]』147頁〕</ref>。出口直は七人の女の中の「随一」であると言われている<ref name="B195401c1434">『[[大本七十年史]] 上巻』「{{obc|B195401c1434|稲荷講社と本田親徳}}」</ref>。


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つまり、直に神が懸かる以前から「七人の女」という言葉が存在していたことになる。
つまり、直に神が懸かる以前から「七人の女」という言葉が存在していたことになる。


(2) [[霊界物語]]{{rm|9|31|}}の章題。
聖書仏典等、日本内外の古典に「七人の女」とか「七人の乙女」等の、特別の意味を持つ言葉や概念は多数存在している。それらと関係しているのかどうかは不明。


== 章題 ==
七人とは、[[松竹梅の宣伝使]]三人と、[[夏姫]](春山彦の妻)と、その娘である[[月雪花の三姉妹]]の合わせて七人である。
七人とは、[[松竹梅の宣伝使]]三人と、[[夏姫]](春山彦の妻)と、その娘である[[月雪花の三姉妹]]の合わせて七人である。



2026年9月9日 (水) 19:35時点における最新版

七人の女(しちにんのおんな)とは、

  1. 大本神諭で使われている言葉。→「#大本神諭
  2. 霊界物語第9巻第31章#の章題。→「#章題

大本神諭

大本は七人の女の神様が代々生まれて来て世を継ぐと決められている[1]。出口直は七人の女の中の「随一」であると言われている[2]

筆先は全てが公開されているわけではないので、筆先で一番最初に「七人の女」に言及されたのはいつかは分からない。

明治36年(1903年)の筆先(『神霊界』未掲載)に次のように出ている[3]

 こんどの二どめの世の立替えは大《たい》もうと申すのは、天照皇大神宮《てんしょうこうたいじんぐう》どののおりの岩戸を開くおりが間ちごうておる、だまして岩戸から無理やりに引っぱり出すのが間ちごうておるのざ。それからうそで、この世がかためてあるぞよ。

 こんどの二どめの世の立替えの変性男子の身魂は、うそや追従《ついしょう》やら上手《じょうず》は食わん、一分と九分との大戦《おおたたか》いであるから、ちと、こんどの世の立替えは、骨がおれるぞよ。

 七人の女と申すのは、天にましますもったいなくも、天では、大神さまの親さま、日の大神さま、もったいなくも世をおもちになりたのが、お姉《あね》さまの天照皇大神宮どの、二どめの世の立替えをいたすのが稚姫君命、出口の神とあらわれるは、稚姫君命のみたまが、艮の金神のみたまであるから、変性男子と申すのざぞよ。

 そのつぎが竜宮の乙姫どの、坤の金神のみたまが変性女子、そのつぎが金勝要の大神なり、そのつぎが弥仙山の頂上《おそら》の木の花咲耶姫どの、これで七人のみたまがそろうのであるぞよ。

 仕組《しぐみ》がわからんゆえに、こんどは、大きなまちがいがでけるぞよ。松の心でおる人は、結構であるなれど、心の多い花の心のみたまは、思わくがちがうぞよ。
出典: 『大本神諭 第三集』(五巻本)258~260頁、明治36年(1903年)旧11月29日(新37年1月16日)、NDLDL蔵書 PID:12281091/1/138

明治33年の大本神諭(『神霊界』掲載)に次のような記述がある。

明治二十三年の七月の十九日に、八木の福島の久が大病で、暁立で直が参りて、八木の嶋の手前で出口に追付いて、御前は珍らしき婦人じゃと申したのは、人民では無りたぞよ。お前は婦人に生りて来ては居れども、婦人では無い男子じゃと申して在ろうがな。七人の女じゃと申して在らうがな。其因縁も判りて来るぞよ。
出典: 大本神諭「大本神諭 明治33年閏8月2日#

これは出口直艮の金神が神懸かる1年半前の明治23年(1890年)7月の出来事である。三女の福島久子が発狂したという連絡を受け、直は綾部を出発して八木に向かった。八木の手前で47~8歳の男が直を追い越した時、直の顔をつくづく眺めて「汝は珍しい女じゃなア」「七人の女じゃなア」と言ったという。この男は本田親徳だと言われている。[4] [2]

つまり、直に神が懸かる以前から「七人の女」という言葉が存在していたことになる。

聖書仏典等、日本内外の古典に「七人の女」とか「七人の乙女」等の、特別の意味を持つ言葉や概念は多数存在している。それらと関係しているのかどうかは不明。

章題

七人とは、松竹梅の宣伝使三人と、夏姫(春山彦の妻)と、その娘である月雪花の三姉妹の合わせて七人である。

大本神諭の「七人の女」とは直接関係がなく、その言葉を流用しているだけだと思われる。

脚注

  1. 出口澄子の日記『大福帳』の昭和22年(月不明)8日に〈大本は七人の女の神さまが代々生まれてきて世を継ぐと、筆先にきめであるのじゃぞ。〉と記されている。〔『第三次大本事件の真相』147頁〕
  2. 2.0 2.1 大本七十年史 上巻』「稲荷講社と本田親徳#
  3. この筆先は『神霊界』には掲載されていないという意味では大本神諭とは呼べない。七巻本や[[愛善世界社版 (大本神諭)|]]には掲載されておらず、五巻本に掲載されている。霊界物語ネット未収録(2026/9/9現在)
  4. 都河春国 編『大本開祖伝』昭和6年(1931年)刊、「七人の女」77~79頁、NDLDL蔵書 PID:1137282/1/52