「会者浄離」の版間の差分
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ページの作成:「'''会者浄離'''(えしゃじょうり)は、霊界物語{{rm|68|14|}}の章題。 一般には「浄」ではなく「定」の字を使い「会者定離」と書く。「浄」の字を使ったことに特別な意図があるのかどうかは分からない。霊界物語で、この章題だけに使われており、本文では使われていない。「定」の「会者'''定'''離」は何度も使われており、{{rm|77|24|会者定離}}の…」 |
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'''会者浄離'''(えしゃじょうり)は、[[霊界物語]]{{rm|68|14|}}の章題。 | '''会者浄離'''(えしゃじょうり)は、[[霊界物語]]{{rm|68|14|}}の章題。 | ||
一般には「浄」ではなく「定」の字を使い「会者定離」と書く。「浄」の字を使ったことに特別な意図があるのかどうかは分からない。「会者'''浄'''離」は霊界物語で、この章題だけに使われており、本文では使われていない。「定」の「会者'''定'''離」は何度も使われており、{{rm|77|24|会者定離}}の章題にもなっている。 | |||
「会者定離」とは仏教用語である。〈この世は無常で、会うものは必ず離れる運命にあるということ〉を表す〔広辞苑〕。本来は四文字熟語ではなく「生者必滅(しょうじゃひつめつ)会者定離」と言って、生きているものは必ず死に、出会ったものは必ず別れるという、世の中の逃れられない定めや無常観を表す言葉である。 | 「会者定離」とは仏教用語である。〈この世は無常で、会うものは必ず離れる運命にあるということ〉を表す〔広辞苑〕。本来は四文字熟語ではなく「生者必滅(しょうじゃひつめつ)会者定離」と言って、生きているものは必ず死に、出会ったものは必ず別れるという、世の中の逃れられない定めや無常観を表す言葉である。 | ||
2026年9月12日 (土) 19:53時点における最新版
会者浄離(えしゃじょうり)は、霊界物語第68巻第14章#の章題。
一般には「浄」ではなく「定」の字を使い「会者定離」と書く。「浄」の字を使ったことに特別な意図があるのかどうかは分からない。「会者浄離」は霊界物語で、この章題だけに使われており、本文では使われていない。「定」の「会者定離」は何度も使われており、第77巻第24章「会者定離」#の章題にもなっている。
「会者定離」とは仏教用語である。〈この世は無常で、会うものは必ず離れる運命にあるということ〉を表す〔広辞苑〕。本来は四文字熟語ではなく「生者必滅(しょうじゃひつめつ)会者定離」と言って、生きているものは必ず死に、出会ったものは必ず別れるという、世の中の逃れられない定めや無常観を表す言葉である。
本章では、タラハン国の左守の息子アリナが修験者となり、たまたま訪れた山奥の古寺(大原山の谷間に古くより立てる破れ寺)に隠れていたスダルマン太子及びスバール姫と再会を遂げる。
しかしアリナはすぐに太子らと別れて、旅に出た。
関連項目
外部リンク
- 会者定離 - ウィキペディア