予言
この項目はまだ書きかけです。内容が不十分だったり不明瞭だったりします。
この項目では、出口直・王仁三郎が発した予言、及び他人が発した出口直・王仁三郎の出現に関する予言についてリストアップする。
明治
大正
正月五日天

出口王仁三郎は大正8年(1919年)に「正月五日天」という書を揮毫した。これは大正10年2月12日=旧正月5日に勃発した第一次大本事件の予言だと言われている。
本宮山神殿取毀
第一次大本事件の際、当局の命令で本宮山神殿が取り壊されることになった。大正10年(1921年)10月20日から取毀工事が始まったが、その年の1月にすでに王仁三郎はその日時を機関誌上で予言していた。→「本宮山神殿#取毀の予言」
原敬首相暗殺
大正10年(1921年)11月4日午後7時26分、東京駅構内で総理大臣・原敬が短刀で刺殺された。犯人は18歳の青年・中岡艮一である。原は大正7年9月から首相を務めており、第一次大本事件(大正10年2月)で大本が弾圧された時の首相である。艮の金神が開いた大本を弾圧した首相が、「艮」を名に持つ男に殺されたという、皮肉な事件であった。
この原敬首相暗殺を、王仁三郎は数時間前に予言していた。次の2種の少々異なるエピソードが伝わっている。
空中郵便
大正11年(1922年)4月4日に口述された霊界物語第15巻第21章「帰顕」#に、21世紀の初頭から「空中郵便」という一種の「交通機関」(あるいは通信機関)が開始されているというセリフが登場する。この空中郵便はあたかも21世紀から使われるようになったスマートフォンのような装置である。→「空中郵便」
八月十五日

王仁三郎は大正末期に「八月十五日」という書を揮毫した。これは昭和20年(1945年)8月15日の終戦を予言したものだと言われている。
神仏無量寿経
王仁三郎は昭和23年(1948年)1月19日に昇天したが、23年前の大正13年(1924年)に自分が死ぬ日を予言していた。→「神仏無量寿経」