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琴玉滝
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'''琴玉滝'''(ことたまだき、ことたまのたき)は、[[皇道大本]][[八重垣神社]]の近くにあった滝。 == 概要 == 京都嵯峨の清滝川の上流に造営された皇道大本[[八重垣神社]]の近くにあった滝は、神社が造営された際に神界から「琴玉滝」と名付けられた。 皇道大本八重垣神社は大正5年(1916年)10月15日に落成式が行われた。 神社から半丁(約50メートル)ほど離れたところにある滝は、平安時代の僧侶・空也上人が修行したと伝えられているため俗称「空也の滝」と呼ばれていたが、正式な名前はなかった。この滝は高さ三丈三尺(約10メートル)あり、滝の音に神韻があり、あるいは琴を弾ずるように、あるいは笛を吹くように聞こえ、天女が微妙の音楽を奏でる音に似ていた。そのため王仁三郎が神界に伺い「琴玉滝」と名が与えられた。 その後、神勅によってこの神社は「皇道大本八重垣神社」と命名され、その社務所は「皇道大本[[琴玉出張所]]」と命名された。 == 参考文献 == * 『[[神霊界]]』大正7年(1918年)2月1日号掲載記事 ** 「{{obc|M192919180201c08|皇道大本八重垣神社の由来}}」:[[王仁三郎]]が書いたものと思われる。 ** 「{{obc|B195501c22032|大本神歌}}」(リンク先は『[[大本史料集成]]』収録のもの):大正6年12月1日に降りた神示。 == 関連項目 == * [[琴玉]]:{{rm|69|17|}}の章題。琴玉滝とは無関係。 {{デフォルトソート:ことたまたき}} [[Category:地名]]
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