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出口直

9 バイト追加, 2023年11月16日 (木) 01:54
最初の綾部移住の時期
それに対して[[出口和明]]『[[大地の母]]』では、ユリが自殺した後だとしている。<ref>『大地の母 第三巻』「ゆりの怨霊」</ref>
これについて出口和明は『[[いり豆の花]]』の中で、』の中で──[[出口澄子]]の著述の中で、最初の移住はナオが18歳の時だとする記述と、16歳の時だとする記述があるが<ref name="ijyuu_nenrei">18歳、16歳、19歳いずれも数え年であろう。</ref>、いずれにせよユリの死後のこととして記されていると指摘している。ユリの自殺は安政元年(1854年)8月29日<ref>『いり豆の花』p126「(略)非業の最後を遂げた。『[[教祖伝]]』はこの日を安政元年八月十九日のこととしているが、出口家の菩提寺である[[西福院]](綾部市東新宮寺町)にある過去帳によると、八月二十九日となっている。」</ref>なので、移住はユリが死んだ日「以後間もなくから何ヶ月かの間」であり「直十九歳の年」<ref name="ijyuu_nenrei" />だと推測している。だ──と推測している。<ref>『いり豆の花』p128</ref>
『大本年表』や『大本七十年史』が、ナオの移住はユリの自殺前だと解釈しているのは、澄子の記憶の中で、ユリの自殺後という記憶よりも、ナオが18歳または16歳の時だという年齢の記憶の方が信用できると考えたためではないか? 数えで18歳なら嘉永6年(1853年)、16歳なら嘉永4年(1851年)であり、ユリの自殺(1854年)より前になる。<ref>現代的な感覚だと、死んだ後で養女になって移住したと考えるよりも、生きている時に養女になって移住したと考えた方が理解しやすいが、江戸時代なので現代とは習慣・風俗が異なる。</ref>

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