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霊界物語

240 バイト追加, 2021年10月19日 (火) 01:24
概要
* 著述は基本的に王仁三郎が口述し、30数名の筆録者が書記した。一部、王仁三郎が直接書記した部分もある。→ 「[[#筆録者]]」
* 大正10年(1921年)から15年にかけて72巻が、昭和8年(1933年)から9年にかけて9巻(天祥地瑞)が書かれた。
* 第64巻が上・下の2冊に分かれており、他に番外編として「入蒙記」が1冊入っているため、巻数としては第81巻までしかないが、冊数は83冊あるため「81巻83冊」と呼ばれる。
* 当初は全部で120巻になる予定だった<ref>{{rm09|1|9901|附記}}</ref>。また最初は、360字詰め原稿用紙400枚を1巻とし、36巻を1集として48集つまり1728巻書けと神に命じられたが、それではあまりにも長すぎるので神様にお願いして120巻にしてもらった<ref>{{rm09|37|0001|序}}</ref>。
** 全5巻で終わる予定だったとも記されている。<ref>{{rm09|5|1|序文}}:「この霊界物語は、全部五巻にて述べ終る予定でありました。しかしなるべく細かくやつてくれとの筆録者の希望でありますから、第四巻あたりからややその方針をかへて、なるべく詳細に物語ることとしました。 それがため予定の第五巻にて、神界、幽界の物語を終ることは、到底出来なくなつてきました」</ref>
** 全12冊で終わる予定だったとも記されている。<ref>{{rm09|8|1|序文}}:「総じてこの霊界物語は、口述の最初に当り五百六十七節にて完成する考へを以て、一冊を五十節に刻み全十二冊の予定のところ、到底是にてはその一部分をも講了すべからざるを覚り、本巻よりは一冊五十章組の規定を破り、口の車の行き突きばつたりに歩を進むる事と致しました」</ref>
* 王仁三郎は口述開始の時に筆録者の一人の桜井重雄に「三界通覧」という書名にしようかと言っていたが、最終的には「霊界物語」になった<ref>木庭次守・編『霊界物語大辞典 総索引その1』p42:「出口聖師は口述開始の時に筆録者の一人の桜井重雄氏に「三界通覧」としょうかといわれていたが、「霊界物語」とさだめられた」</ref>。
* 霊界物語の「霊界」とは「霊妙な世界」の意味であり、顕界(現界)・幽界(地獄界)・神界(天界)の三界の総称である<ref>『水鏡』所収「霊界と神霊界」</ref>。
* 「ただ私は神示のまま、工作して口述するばかりであります」〔{{rm09|5|0001|序文}}〕
 
== 巻数 ==
* 霊界物語は「81巻83冊」ある。第64巻が上・下の2冊に分かれており、他に番外編として「入蒙記」が1冊ある。そのため巻数としては第81巻までしかないが、冊数は83冊ある。
* 当初は全部で120巻になる予定だった<ref>{{rm09|1|9901|附記}}:この附記は初版(大正10年12月刊)には記されていない。第六版(大正14年2月刊)にはある。</ref>。また最初は、360字詰め原稿用紙400枚を1巻とし、36巻を1集として48集つまり1728巻書けと神に命じられたが、それではあまりにも長すぎるので神様にお願いして120巻にしてもらった<ref>{{rm09|37|0001|序}}(大正11年10月著)</ref>。
** 第5巻には、全5巻で終わる予定だったと記されている。<ref>{{rm09|5|1|序文}}(大正11年1月著):「この霊界物語は、全部五巻にて述べ終る予定でありました。しかしなるべく細かくやつてくれとの筆録者の希望でありますから、第四巻あたりからややその方針をかへて、なるべく詳細に物語ることとしました。 それがため予定の第五巻にて、神界、幽界の物語を終ることは、到底出来なくなつてきました」</ref>
** 第8巻には、全12冊で終わる予定だったと記されている。<ref>{{rm09|8|1|序文}}(大正11年2月著):「総じてこの霊界物語は、口述の最初に当り五百六十七節にて完成する考へを以て、一冊を五十節に刻み全十二冊の予定のところ、到底是にてはその一部分をも講了すべからざるを覚り、本巻よりは一冊五十章組の規定を破り、口の車の行き突きばつたりに歩を進むる事と致しました」</ref>
== 著述の動機 ==

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