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行雲流水

169 バイト追加, 2022年9月2日 (金) 19:25
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== 中岡艮一との会遇 ==
本書p77-78に、石山喜八郎が大本幹部宅で中岡艮一とたまたま会遇したエピソードが書いてある。「昭和八年頃」に石山喜八郎が東京・目黒に住む大本幹部の78に、石山喜八郎が大本幹部宅で[[中岡艮一]]とたまたま会遇したエピソードが書いてある。「昭和八年頃」に石山喜八郎が東京・目黒に住む大本幹部の[[木村瑞枝]](木村貞次)<ref>昭和10年に東京連合会会長、昭和神聖会東京地方本部長になっている。</ref>の自宅を訪問した。そこへ中岡艮一が訪ねて来た。中岡は大正10年(1921年)に原敬首相を刺殺し無期懲役の判決を受けるが、3回の恩赦で減刑され昭和9年(1934年)1月30日に出所している。したがって本書には「昭和八年頃」と書いてあるが、実際には昭和9年か10年であろう。の自宅を訪問した。そこへ中岡艮一が訪ねて来た。中岡は大正10年(1921年)11月4日に[[原敬]]首相を刺殺し無期懲役の判決を受けるが、3回の恩赦で減刑され昭和9年(1934年)1月30日に出所している。したがって本書には「昭和八年頃」と書いてあるが、実際には昭和9年か10年であろう。
{{inyou|(略)聞くと今は満州国の特務機関で働いており、東京の参謀本部に用事があって上京し、明日また帰るという話だった。
 喜八郎は木村先生に、何の用事で中岡氏はここを訪ねてこられたのですかと聞いたところ、先生は満州国の陰の立役者である馬賊の辺見勇彦の紹介状を持ってきたので、会っただけで別に深い意味はないと答えた。|『行雲流水』p77-78 }}
 
== 外部リンク ==
* <wp>中岡艮一</wp>
* {{Pid|1178324|辺見勇彦馬賊奮闘史}}:辺見勇彦の自伝。昭和6年(1931年)発行。
== 脚注 ==

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