「小幡神社」の版間の差分

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'''小幡神社'''(おばたじんじゃ)は、出口王仁三郎が生まれた[[穴太]]の産土神社。開化天皇(第9代天皇)を主祭神とし、彦坐王(ひこいますのみこ)と小俣王(おまたのみこ)を配祀している。延喜式内社。宮司は[[上田正昭]](京都大学名誉教授)。所在地:亀岡市曽我部町穴太宮垣内1。
'''小幡神社'''(おばたじんじゃ)は、出口王仁三郎が生まれた[[穴太]]の産土神社。[[開化天皇]](第9代天皇)を主祭神とし、彦坐王(ひこいますのみこ)と小俣王(おまたのみこ)を配祀している。延喜式内社。宮司は[[上田正昭]](京都大学名誉教授)。所在地:亀岡市曽我部町穴太宮垣内1。


由緒書によると、崇神天皇(第10代天皇、開化天皇の第二皇子)の命で派遣された四道将軍の一人で丹波地域を治めた丹波道主命(たんばのみちのうしのみこと)が、祖父である開化天皇を主神として祀ったことに始まる。開化天皇の第三皇子・彦坐王(丹波道主命の父)と、その子・小俣王(丹波道主命の異母兄弟)の三代を奉斎している。和銅元年(708年)に丹波国司・大神朝臣狛麻呂が社殿を建立した。
由緒書によると、崇神天皇(第10代天皇、開化天皇の第二皇子)の命で派遣された四道将軍の一人で丹波地域を治めた丹波道主命(たんばのみちのうしのみこと)が、祖父である開化天皇を主神として祀ったことに始まる。開化天皇の第三皇子・彦坐王(丹波道主命の父)と、その子・小俣王(丹波道主命の異母兄弟)の三代を奉斎している。和銅元年(708年)に丹波国司・大神朝臣狛麻呂が社殿を建立した。