「直霊軍 (機関誌)」の版間の差分

出典: 出口王仁三郎と霊界物語の大百科事典『オニペディア(Onipedia)』
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'''直霊軍'''(ちょくれいぐん)は明治~大正期の大本の機関誌。
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'''直霊軍'''(ちょくれいぐん)は、明治~大正期の大本の機関誌。
  
 
明治42年([[1909年]])2月創刊。B5版8頁の小冊子。
 
明治42年([[1909年]])2月創刊。B5版8頁の小冊子。
  
それまでにも機関誌はあったが、まだ雑誌の体裁を整えておらず、本格的な機関誌としてはこれが初めてである。発行所は「綾錦社」。
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毎号数千部を出していたが、大部分は無料配布だった。そのため資金難に陥る。
 
毎号数千部を出していたが、大部分は無料配布だった。そのため資金難に陥る。
  
 
翌年6月に第14号を出してしばらく休刊、12月に第15号を出して廃刊となる。<ref>[[出口和明]]『[[大地の母]] 下巻』170頁</ref>
 
翌年6月に第14号を出してしばらく休刊、12月に第15号を出して廃刊となる。<ref>[[出口和明]]『[[大地の母]] 下巻』170頁</ref>
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== 参考文献 ==
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* 『[[大本七十年史]] 上巻』「{{obc|B195401c2113|「直霊軍」の創刊}}」p301-302、p315
  
 
== 脚注 ==
 
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== 参考文献 ==
 
*『[[大本七十年史]] 上巻』、301頁~302頁・315頁
 
  
 
== 関連項目 ==
 
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*[[敷島新報]]
 
*[[敷島新報]]
  
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2022年3月29日 (火) 08:11時点における最新版

この項目では、機関誌の直霊軍について説明しています。布教組織の直霊軍については「直霊軍」をご覧ください。

直霊軍(ちょくれいぐん)は、明治~大正期の大本の機関誌。

明治42年(1909年)2月創刊。B5版8頁の小冊子。

それまでにも機関誌はあったが、まだ雑誌の体裁を整えておらず、本格的な機関誌としてはこれが初めてである。発行所は「綾錦社」。

執筆から印刷・製本・発送まで、事実上、出口王仁三郎が一人で行っていた。[1]

8月に発行された第6号から発行所は「直霊社」、編集兼発行人は「上田王仁三郎」。

毎号数千部を出していたが、大部分は無料配布だった。そのため資金難に陥る。

翌年6月に第14号を出してしばらく休刊、12月に第15号を出して廃刊となる。[2]

参考文献

脚注

  1. 出口和明大地の母 下巻』129頁
  2. 出口和明大地の母 下巻』170頁

関連項目