「十二段返しの宣伝歌」の版間の差分

 
(同じ利用者による、間の3版が非表示)
44行目: 44行目:


{{inyou|
{{inyou|
 大本教の静岡の准宣伝使であった中野與之助は、一九三二(昭和七)年一月、安藤から西洋紙にペンで書かれた〝十二段返ノ歌〟を見せられる。安藤はこの時、「この歌には御皇室に対して真に畏れ多きことが書いてあるから、無暗に持ち廻り誰にも見せてはならない」といったという。與之助はそれを家にもちかえり考えたすえ、出口王仁三郎こそ神の命により天子になり世界を統一するものだと確信するのだった。(略)與之助は、心の許せる信者にこの歌をみせ、信者に対してはこう説いてまわったのだった。一九三二、三年のことである。
 大本教の静岡の准宣伝使であった中野與之助は、一九三二(昭和七)年一月、安藤から西洋紙にペンで書かれた〝十二段返ノ歌〟を見せられる。安藤はこの時、「この歌には御皇室に対して真に畏れ多きことが書いてあるから、無暗に持ち廻り誰にも見せてはならない」といったという。與之助はそれを家にもちかえり考えたすえ、出口王仁三郎こそ神の命により天子になり世界を統一するものだと確信するのだった。(略)與之助は、心の許せる信者にこの歌をみせ、信者に対してはこう説いてまわったのだった。一九三二、三年のことである<ref>控訴審判決書によると昭和7年(1932年)8月頃とある。『[[大本史料集成]]3』580頁上段:〈昭和七年八月頃静岡県榛原郡吉田村神戸鈴木ツネ方に於て同人に安藤唯夫より貰ひ受けたる十二段返の歌と称する縦横十二の仮名文字より成り、其の第八段目に左より右に「いまのてんしにせものなり」と記載しある不敬文書を閲読せしめ〉</ref>。


「現在の皇室が我が国を治めているのは間違いで、出口王仁三郎が本当の我が国を治めて行かなければ我々が幸福に暮すことはできない。出口王仁三郎が現在の皇室に代って我が国を治めることになるのが大本の〝立替立直〟なのである。そして出口王仁三郎が真の日本の天皇となるべき人物なのである」。| 林雅行『[[天皇を愛する子どもたち]]』1987年、青木書店、181~182頁、{{ndldl|12109741/1/95}} }}
「現在の皇室が我が国を治めているのは間違いで、出口王仁三郎が本当の我が国を治めて行かなければ我々が幸福に暮すことはできない。出口王仁三郎が現在の皇室に代って我が国を治めることになるのが大本の〝立替立直〟なのである。そして出口王仁三郎が真の日本の天皇となるべき人物なのである」。| 林雅行『[[天皇を愛する子どもたち]]』1987年、青木書店、181~182頁、{{ndldl|12109741/1/95}} }}
62行目: 62行目:


杭迫は王仁三郎は不敬だと非難攻撃するために作者王仁三郎説を肯定している。それに対して山本や出口恒は、王仁三郎が真の天皇であるということを主張するために作者王仁三郎説を肯定している。
杭迫は王仁三郎は不敬だと非難攻撃するために作者王仁三郎説を肯定している。それに対して山本や出口恒は、王仁三郎が真の天皇であるということを主張するために作者王仁三郎説を肯定している。
== 関連項目 ==
* [[第二次大本事件]]
* [[一厘組]]


== 脚注 ==
== 脚注 ==
<references>
<references>
<ref name="gendaijin195407">亀谷和一郎([[杭迫軍二]]のペンネーム)「宗教界の野望─大本教について─」『現代人』昭和29年(1954年)7月号、34頁、{{ndldl|3547912/1/19}}</ref>
<ref name="gendaijin195407">亀谷和一郎([[杭迫軍二]]のペンネーム)「宗教界の野望─大本教について─」『現代人』昭和29年(1954年)7月号、34頁、{{ndldl|3547912/1/19}}</ref>
<ref name="gendaijin195411">土井靖都「歪められた大本教事件について─亀谷和一郎氏の評説に応う─」『現代人』昭和29年(1954年)11月号、32~41頁・51頁、{ndldl|3547916/1/20}}</ref>
<ref name="gendaijin195411">土井靖都「歪められた大本教事件について─亀谷和一郎氏の評説に応う─」『現代人』昭和29年(1954年)11月号、32~41頁・51頁、{{ndldl|3547916/1/20}}</ref>
<ref name="B195402c6324">『大本七十年史 下巻』「{{obc|B195402c6324|弁護人の弁論}}」:〈根上信は主として静岡県の五被告人を担当し、中野与之助にたいする証拠の一つとされている「十二段返しの歌」には、「いまのてんしにせものなり」という文字がかくされているが、これは'''石田卓次の証言のように安藤唯夫の作であることを、事例をあげて主張した'''。〉</ref>
<ref name="B195402c6324">『大本七十年史 下巻』「{{obc|B195402c6324|弁護人の弁論}}」:〈根上信は主として静岡県の五被告人を担当し、中野与之助にたいする証拠の一つとされている「十二段返しの歌」には、「いまのてんしにせものなり」という文字がかくされているが、これは'''石田卓次の証言のように安藤唯夫の作であることを、事例をあげて主張した'''。〉</ref>
<ref name="B195402c6423">『大本七十年史 下巻』「{{obc|B195402c6423|判決}}」:〈「不逞思想ヲ端的ニ表現シタルモノニシテ有カナル証拠ト目セラ」れていた「十ニ段返ノ宣伝歌(被告人中野与之助事件第一号ニ掲載ノ歌)」については、「'''王仁三郎ハ予審ニ於テ右宣伝歌ハ自己ノ作成シタルモノト詳述シ居レトモ 措信シ得サルコト明ナリ'''」と判決文((六)の(ロ))に指摘した。また、「凡ソ調書ノ記載カ犯罪ノ証拠ニ供セラルルハ其内容疑ノ余地ナキ場合又ハ反対ノ証拠ナキ場合ニシテ 暴行強迫ニ基因スルヤ否ヤハ現在ノ法制上採否ノ絶対事由ニ非ラサルナリ」とし、「本件検挙及取調ニ関シテハ……警察協会雑誌大本事件特輯及……警保局保安課発行大本事件ノ真相ナル小冊子ハ……其ノ事情考査上逸スヘカラサル資料ノ一タルヲ失ハス」と判定したことが注目される。〉</ref>
<ref name="B195402c6423">『大本七十年史 下巻』「{{obc|B195402c6423|判決}}」:〈「不逞思想ヲ端的ニ表現シタルモノニシテ有カナル証拠ト目セラ」れていた「十ニ段返ノ宣伝歌(被告人中野与之助事件第一号ニ掲載ノ歌)」については、「'''王仁三郎ハ予審ニ於テ右宣伝歌ハ自己ノ作成シタルモノト詳述シ居レトモ 措信シ得サルコト明ナリ'''」と判決文((六)の(ロ))に指摘した。また、「凡ソ調書ノ記載カ犯罪ノ証拠ニ供セラルルハ其内容疑ノ余地ナキ場合又ハ反対ノ証拠ナキ場合ニシテ 暴行強迫ニ基因スルヤ否ヤハ現在ノ法制上採否ノ絶対事由ニ非ラサルナリ」とし、「本件検挙及取調ニ関シテハ……警察協会雑誌大本事件特輯及……警保局保安課発行大本事件ノ真相ナル小冊子ハ……其ノ事情考査上逸スヘカラサル資料ノ一タルヲ失ハス」と判定したことが注目される。〉</ref>