「淡路の神秘」の版間の差分
ページの作成:「'''淡路の神秘'''(あわじのしんぴ)は、武智時三郎(1884~1960年)の著書。淡路島で発見された古代イスラエルのものと言…」 |
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昭和17年8月、井戸掘りの段取りが出来ると、王仁三郎は仮出獄し亀岡に帰宅した。白山は亀岡に通い、王仁三郎から指示を受けた。この井戸は王仁三郎によって「元井戸」と命名され、以後白山は毎月2~3日ずつ亀岡に通い、王仁三郎から元井戸の意義と目的について講義を受けた。 | 昭和17年8月、井戸掘りの段取りが出来ると、王仁三郎は仮出獄し亀岡に帰宅した。白山は亀岡に通い、王仁三郎から指示を受けた。この井戸は王仁三郎によって「元井戸」と命名され、以後白山は毎月2~3日ずつ亀岡に通い、王仁三郎から元井戸の意義と目的について講義を受けた。 | ||
昭和19年10月に元井戸が完成し、敷地内の祠に、王仁三郎から下付された御神体(銀色の短冊に御神号を認めたもの)を奉斎した。「この御神体はやがて近江、さらに北伊勢に移される時が来る」「淡路の神秘が開発されないと、不二と鳴門の仕組は完成しない」と王仁三郎に言われた。(この井戸掘りは[[裏神業]]の世界では「[[淡路島神業]]」と呼ばれている)(この井戸掘りには[[辻天水]]が加わっている) | |||
戦後、王仁三郎から御神体を近江へ移せと指示されたので、滋賀県甲賀郡大原市場(現・甲賀市甲賀町大原市場)に移した。 | 戦後、王仁三郎から御神体を近江へ移せと指示されたので、滋賀県甲賀郡大原市場(現・甲賀市甲賀町大原市場)に移した。 | ||
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* 昭和47年(1972年)7月、『淡路の神秘』の一部を削除し[[思兼鴻秀]]が編集し直した『[[日本学とイスラエル]] ──淡路の神秘とエル・エロヘ・イスラエル』(人間新書10)が思兼書房から刊行された。236頁。{{ndldl|12207845}} | * 昭和47年(1972年)7月、『淡路の神秘』の一部を削除し[[思兼鴻秀]]が編集し直した『[[日本学とイスラエル]] ──淡路の神秘とエル・エロヘ・イスラエル』(人間新書10)が思兼書房から刊行された。236頁。{{ndldl|12207845}} ……白山義高の「まへがき」は削除されている。 | ||
* 平成28年(2016年)10月、解説を加えた復刻版『淡路の神秘 ──ヱル、ヱロヘ、イスラヱル』が[[八幡書店]]から刊行された。272頁+解説33頁(平津豊「淡路島に残るイスラエルの足跡」)。 | * 平成28年(2016年)10月、解説を加えた復刻版『淡路の神秘 ──ヱル、ヱロヘ、イスラヱル』が[[八幡書店]]から刊行された。272頁+解説33頁(平津豊「淡路島に残るイスラエルの足跡」)。 | ||