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「道の栞」の版間の差分

出典: 出口王仁三郎と霊界物語の大百科事典『オニペディア(Onipedia)』
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[[ファイル:道の栞(昭和4年四版)表紙.jpg|thumb|『道の栞』(昭和4年に発行された四版)の表紙]]
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'''道の栞'''(みちのしおり)は、[[出口王仁三郎]]の著書。明治37年(1904年)に執筆され、大正7年(1918年)以降に発表された。<ref name="michinosiori_11atogaki">『道の栞』(天声社、昭和62年8月1日第十三刷増補版)「第一一刷のあとがき」p276</ref> <ref>同前「第一一刷のあとがき」p276には大正7年以降の『神霊界』誌にも掲載された旨が記されているが、実際には『神霊界』に「道の栞」(及びそれに類似した名称)という題名で掲載されていない。他の題名で掲載されているのか?</ref>
'''道の栞'''(みちのしおり)は、[[出口王仁三郎]]の著書。明治37年(1904年)に執筆され、大正7年(1918年)以降に発表された。<ref name="michinosiori_11atogaki">『道の栞』(天声社、昭和62年8月1日第十三刷増補版)「第一一刷のあとがき」p276</ref> <ref>同前「第一一刷のあとがき」p276には大正7年以降の『神霊界』誌にも掲載された旨が記されているが、実際には『神霊界』に「道の栞」(及びそれに類似した名称)という題名で掲載されていない。他の題名で掲載されているのか?</ref>


== 概要 ==
== 概要 ==
特徴は、
『[[大本七十年史]]』で次のように説明されている。
 
{{inyou|『道の栞』は、一九〇四(明治三七)年の四月九日から同年の一一月にかけて執筆されたもので、一九一九(大正八)年と一九二三(大正一二)年の写本が現存している。それは全体の三分の二ほどにあたる。一九二五(大正一四)年に、当時原稿の残っていたものを収集して刊行された。刊本には、写本にある国家主義的な色彩の部分は除かれて、改訂されている。正しき信仰・大本の教旨・神と人の関係・その他が詳細にとかれており、自由と人権を尊重すべきこと、人は神の子神の宮であり、人類は同胞であることを主張する。「日本人は神の直系の分霊、外国人は獣類と同じ霊などと唱うる神道家は真理に暗き野蛮人である」とものべられている。また、誤れる排外思想を否定し、民族精神を生かした国際主義でなければならぬことをおしえ、御霊のことわけとして「素盞嗚尊は憐み深き荒神にましまして、世界の人々に代りて天地へ罪の贖ひをなし給へり。人誤りて素盞嗚尊を罪人とするは畏れ多き事なり」とのべ、素盞嗚尊が悪神でなく、救世主である所以のものがとかれており、古典に於ける新解釈ばかりでなく、神観についても重要な視角が提言されている。| 『[[大本七十年史]] 上巻』「{{obc|B195401c1711|著作と布教}}」 }}
 
『[[出口王仁三郎著作集]]』の「解題」では、次のように説明されている。
 
{{inyou| 『道の栞』は、明治三十七年五月~十一月ごろに執筆された。現在、第一~四巻の写本が大本本部に所蔵されており、本書にはそれを底本として、第一巻の一部と第三巻上を収めた。第一巻は、大正十二年に[[島田穎]]が「大先生御真筆」を「[[西田元教]]先生宅ニテ」謹写したとあり、第三巻は、大正十三年に[[山口利隆]]が写したが、底本は明記されていない。
 
 『道の栞』は、雑誌「[[神の国]]」に掲載され、それをもとにして大正十四年に単行本として刊行された。同じものが昭和七年にも再刊された。しかし刊本は、原本に取捨を加えたものなので、原本を忠実に写したと思われる写本によらなければ、正確なものとはいえない。| 『[[出口王仁三郎著作集]] 第二巻』414頁「解題」 }}
 
刊本の特徴は、
* 行頭に番号が付けられ箇条的に記されている。
* 行頭に番号が付けられ箇条的に記されている。
* 「神示」として執筆されている。
* 「神示」として執筆されている。
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王仁三郎が書いた原本は遺失している部分がある。大正14年刊本は、「未発表のものをふくめて当時収集し得た全資料にもとづき、教理・布教にかかわりあるものを中心として執筆年月日順に編纂されたもので、質量ともに内容が整序されたものとしては、現存する唯一のもの」<ref>同前「第一一刷のあとがき」p276</ref>である。
王仁三郎が書いた原本は遺失している部分がある。大正14年刊本は、「未発表のものをふくめて当時収集し得た全資料にもとづき、教理・布教にかかわりあるものを中心として執筆年月日順に編纂されたもので、質量ともに内容が整序されたものとしては、現存する唯一のもの」<ref>同前「第一一刷のあとがき」p276</ref>である。
書籍として出版されたものは、大別して次の五種ある。
* 天声社の戦前の版……大正14年刊本をもとに何度か版を重ねている。 →「[[#戦前の版]]」
* 天声社の戦後の版……大正14年刊本をもとに何度か版を重ねているが、版によって内容にかなりの増減がある。 →「[[#戦後の版]]」
* みいづ舎版……大正14年刊本を新字体・新仮名遣いで復刻したもの。 →「[[#みいづ舎版]]」
* 出口王仁三郎著作集に収録されたもの……書写本を底本にしている。 →「[[#著作集]]」
* 大本史料集成に収録されたもの……『神の国』に掲載されたものを底本にしている他、著作集に収録されたものの一部を再収録している。 →「[[#史料集成]]」


== 戦前の版 ==
== 戦前の版 ==
『玉の柱 第壹篇 道能栞 全』[[天声社]] (本項では「大正14年刊本」と記す)
『玉の柱 第壹篇 道能栞 全』[[天声社]] (本項では「大正14年刊本」と記す)


* 大正14年(1925年)8月31日発行 (OBN/1168)
* 大正14年(1925年)8月31日発行 ({{obn|1168}})
* 大正15年(1926年)6月20日再版
* 大正15年(1926年)6月20日再版
* 昭和2年(1927年)12月18日三版
* 昭和2年(1927年)12月18日三版
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* 大正14年刊本 … 1031
* 大正14年刊本 … 1031
* 昭和23年初版 … 620
* 昭和23年初版 … 620 ({{obn|1863}})
* 昭和24年増補再版 … 935
* 昭和24年増補再版 … 935 ({{obn|1864}})
* 昭和42年第5刷校訂版 … 869
* 昭和42年第5刷校訂版 … 869 ({{obn|1865}})
* 昭和60年第11刷増補版 … 992
* 昭和60年第11刷増補版 … 992 ({{obn|1866}})


== 著作集 ==
== 著作集 ==
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== みいづ舎版 ==
== みいづ舎版 ==
『道の栞』[[みいづ舎]]、平成12年(2000年)4月25日復刻第1版、平成15年(2003年)4月25日復刻第2版
『道の栞』[[みいづ舎]]、平成12年(2000年)4月25日復刻第1版、平成15年(2003年)4月25日復刻第2版 ({{obn|1867}})


大正14年刊本を底本にし、新字体・新仮名遣いに改めた復刻版。
大正14年刊本を底本にし、新字体・新仮名遣いに改めた復刻版。
== 関連項目 ==
* [[出口王仁三郎の著述]]


== 脚注 ==
== 脚注 ==

2026年4月16日 (木) 00:17時点における最新版

『道の栞』(昭和4年に発行された四版)の表紙。
『道のしおり』(瑞月文庫 第二篇)の表紙。

道の栞(みちのしおり)は、出口王仁三郎の著書。明治37年(1904年)に執筆され、大正7年(1918年)以降に発表された。[1] [2]

概要

大本七十年史』で次のように説明されている。

『道の栞』は、一九〇四(明治三七)年の四月九日から同年の一一月にかけて執筆されたもので、一九一九(大正八)年と一九二三(大正一二)年の写本が現存している。それは全体の三分の二ほどにあたる。一九二五(大正一四)年に、当時原稿の残っていたものを収集して刊行された。刊本には、写本にある国家主義的な色彩の部分は除かれて、改訂されている。正しき信仰・大本の教旨・神と人の関係・その他が詳細にとかれており、自由と人権を尊重すべきこと、人は神の子神の宮であり、人類は同胞であることを主張する。「日本人は神の直系の分霊、外国人は獣類と同じ霊などと唱うる神道家は真理に暗き野蛮人である」とものべられている。また、誤れる排外思想を否定し、民族精神を生かした国際主義でなければならぬことをおしえ、御霊のことわけとして「素盞嗚尊は憐み深き荒神にましまして、世界の人々に代りて天地へ罪の贖ひをなし給へり。人誤りて素盞嗚尊を罪人とするは畏れ多き事なり」とのべ、素盞嗚尊が悪神でなく、救世主である所以のものがとかれており、古典に於ける新解釈ばかりでなく、神観についても重要な視角が提言されている。
出典: 『大本七十年史 上巻』「著作と布教#

出口王仁三郎著作集』の「解題」では、次のように説明されている。

 『道の栞』は、明治三十七年五月~十一月ごろに執筆された。現在、第一~四巻の写本が大本本部に所蔵されており、本書にはそれを底本として、第一巻の一部と第三巻上を収めた。第一巻は、大正十二年に島田穎が「大先生御真筆」を「西田元教先生宅ニテ」謹写したとあり、第三巻は、大正十三年に山口利隆が写したが、底本は明記されていない。  『道の栞』は、雑誌「神の国」に掲載され、それをもとにして大正十四年に単行本として刊行された。同じものが昭和七年にも再刊された。しかし刊本は、原本に取捨を加えたものなので、原本を忠実に写したと思われる写本によらなければ、正確なものとはいえない。
出典: 『出口王仁三郎著作集 第二巻』414頁「解題」

刊本の特徴は、

  • 行頭に番号が付けられ箇条的に記されている。
  • 「神示」として執筆されている。
  • 王仁三郎の呼称は「真如」である。
  • 瑞霊が救い主だということが強調された内容になっている。

原文は、漢字の読めない人のために平仮名で書いてある。それに王仁三郎が漢字を当て、修正して大正7年以降に抄出が『神霊界』や『神の国』に掲載された。まとまった形で発表されたのは『神の国』大正14年(1925年)6月10日号からである。[1] →『神の国』掲載号は「#史料集成」参照

『神の国』連載中の大正14年(1925年)8月31日に始めて単行本として出版された(本項では「大正14年刊本」と記す)。

王仁三郎が書いた原本は遺失している部分がある。大正14年刊本は、「未発表のものをふくめて当時収集し得た全資料にもとづき、教理・布教にかかわりあるものを中心として執筆年月日順に編纂されたもので、質量ともに内容が整序されたものとしては、現存する唯一のもの」[3]である。

書籍として出版されたものは、大別して次の五種ある。

  • 天声社の戦前の版……大正14年刊本をもとに何度か版を重ねている。 →「#戦前の版
  • 天声社の戦後の版……大正14年刊本をもとに何度か版を重ねているが、版によって内容にかなりの増減がある。 →「#戦後の版
  • みいづ舎版……大正14年刊本を新字体・新仮名遣いで復刻したもの。 →「#みいづ舎版
  • 出口王仁三郎著作集に収録されたもの……書写本を底本にしている。 →「#著作集
  • 大本史料集成に収録されたもの……『神の国』に掲載されたものを底本にしている他、著作集に収録されたものの一部を再収録している。 →「#史料集成

戦前の版

『玉の柱 第壹篇 道能栞 全』天声社 (本項では「大正14年刊本」と記す)

  • 大正14年(1925年)8月31日発行 (OBN:1168
  • 大正15年(1926年)6月20日再版
  • 昭和2年(1927年)12月18日三版
  • 昭和4年(1929年)3月30日四版

戦後の版

昭和23年(1948年)2月4日に、大正14年刊本を底本として内容を大幅に省略した『瑞月文庫 第二篇 道のしおり』が瑞光社(昭和27年に天声社に社名変更)から出版された。 →『瑞月文庫

昭和24年(1949年)10月1日に、省略箇所をかなり復活させた増補再版が『道の栞』として出版された。

その後、昭和42年(1967年)の第5刷校訂版、昭和60年(1985年)の第11刷増補版でも大幅な改訂が行われている。

各版に収録されている篇数(行頭の番号の累計。「御霊のことわけ」を除く)は次のようになる[4]。版によりかなりの増減がある。

  • 大正14年刊本 … 1031
  • 昭和23年初版 … 620 (OBN:1863
  • 昭和24年増補再版 … 935 (OBN:1864
  • 昭和42年第5刷校訂版 … 869 (OBN:1865
  • 昭和60年第11刷増補版 … 992 (OBN:1866

著作集

出口王仁三郎著作集 第二巻 変革と平和』昭和48年(1973年)、読売新聞社

大本本部所蔵の第一~四巻の写本を底本として、第一巻の一部分と、第三巻上を収録。[5]

  • p102「美智迺志保利(みちのしほり)巻一(抄)」… 大正12年に島田穎が「大先生御真筆」を「西田元教先生宅」にて写したもの。文章は基本的に平仮名で記されており、漢数字と「玉」など一部だけ漢字で記されている。
  • p108「道の栞 第三巻上」… 大正13年に山口利隆が写したもの(その底本は不明)。

史料集成

大本史料集成 Ⅰ思想篇』池田昭・編、昭和57年(1982年)、三一書房

「第二部 出口王仁三郎の思想」の「第四章 道の栞」(p663~700)に、計13節に分かれて収録してある。

第一節から第十二節は『神の国』に掲載されたものが底本で、第十三節は『出口王仁三郎著作集 第二巻』[6]が底本になっている。

  • p663「第一節 道の栞」… 底本は次の14号。
    • 『神の国』大正12年9月10日号
    • 『神の国』大正12年9月25日号
    • 『神の国』大正12年10月25日号
    • 『神の国』大正12年11月10日号
    • 『神の国』大正12年12月10日号
    • 『神の国』大正13年3月25日号
    • 『神の国』大正13年4月10日号
    • 『神の国』大正13年4月25日号
    • 『神の国』大正13年5月10日号
    • 『神の国』大正13年5月25日号
    • 『神の国』大正13年10月10日号
    • 『神の国』大正14年3月25日号
    • 『神の国』大正14年4月10日号
    • 『神の国』大正14年4月25日号
  • p667「第二節 道の栞 第一巻上(一)」… 底本は『神の国』大正14年6月10日号
  • p669「第三節 道の栞 第一巻上(二)」… 底本は『神の国』大正14年6月25日号
  • p670「第四節 道の栞 第一巻上(三)」… 底本は『神の国』大正14年7月10日号
  • p672「第五節 道の栞 第一巻中(一)」… 底本は『神の国』大正14年7月25日号
  • p675「第六節 道の栞 第一巻中(二)」… 底本は『神の国』大正14年8月8日号
  • p677「第七節 道の栞 第一巻下(一)」… 底本は『神の国』大正14年8月8日号
  • p680「第八節 道の栞 第一巻下(二)」… 底本は『神の国』大正14年9月8日号
  • p684「第九節 道の栞 第二巻上(一)」… 底本は『神の国』大正14年9月8日号
  • p688「第十節 道の栞 第二巻上(二)」… 底本は『神の国』大正14年7月8日号
  • p690「第十一節 道の栞 第二巻中(一)」… 底本は『神の国』大正14年7月8日号
  • p691「第十二節 道の栞 第二巻中(二)」… 底本は『神の国』大正14年11月8日号
  • p695「第十三節 道の栞 第三巻上」… 底本は『出口王仁三郎著作集 第二巻』p108「道の栞 第三巻上」

みいづ舎版

『道の栞』みいづ舎、平成12年(2000年)4月25日復刻第1版、平成15年(2003年)4月25日復刻第2版 (OBN:1867

大正14年刊本を底本にし、新字体・新仮名遣いに改めた復刻版。

関連項目

脚注

  1. 1.0 1.1 『道の栞』(天声社、昭和62年8月1日第十三刷増補版)「第一一刷のあとがき」p276
  2. 同前「第一一刷のあとがき」p276には大正7年以降の『神霊界』誌にも掲載された旨が記されているが、実際には『神霊界』に「道の栞」(及びそれに類似した名称)という題名で掲載されていない。他の題名で掲載されているのか?
  3. 同前「第一一刷のあとがき」p276
  4. 同前「第一一刷のあとがき」p277に記載されている数。
  5. 出口王仁三郎著作集 第二巻』「解題」p414
  6. 『大本史料集成 Ⅰ思想篇』p700に「第十三節 道の栞 第三巻上」の底本として「出口王仁三郎全集第二巻」と記してあるが、「全集」ではなく「著作集」の誤りであろう。