「金竜殿」の版間の差分

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2023年11月24日 (金) 20:37時点における最新版

金竜殿(きんりゅうでん)は、綾部の神苑にあった建物。大正3年(1914年)9月に完成した。

概要

  • 瓦葺きの平屋で、建坪55坪。神床を正面にした48畳の広間。[1]
  • 統務閣(大正3年竣成)、金竜殿(同)、教主殿(大正8年竣成)は棟続きだった。

略年表

  • 大正3年(1914年)1月1日、金竜殿の建築を決定。[2]
  • 同年2月5日、節分の翌日に金竜殿と統務閣の斧始式が行われる。[2] [1]
  • 同年4月3日、立柱式。[2]
  • 同年4月11日、上棟式。[2]
  • 同年9月25日、竣成する。直霊軍の本部を金竜殿に置く。[2]
  • 大正4年(1915年)5月19日、金竜海から現れた霊石を、23日に金竜殿に仮遷座。[2]
  • 大正6年(1917年)2月4日、金竜殿で青竜隊の旗揚式。
  • 大正7年(1918年)11月6日、出口直開祖が昇天し、深夜12時、金竜殿で昇天奉告祭が、12月6日には金竜殿で本葬が執行される。[3]
  • 大正8年(1919年)2月3日、金竜殿で開祖の百日祭が執行される。金竜殿に安置していた開祖の神霊を教祖殿に遷座する。[2] [4]
  • 同年4月3日、金竜殿の神床に、統務閣大本皇大神を遷座。[2]
  • 大正9年(1920年)9月24日、至聖殿が竣成し、金竜殿から大本皇大神を至聖殿へ遷座。[2] [5]
  • 同年10月10日、祖霊社が金竜殿に遷され、金竜殿は祖霊社として使われることになる。(旧の祖霊社は「新祭殿」と称し、信者の葬祭場となる)[2] [5] [6]

脚注

  1. 1.0 1.1 『大本七十年史 上巻』「「敷島新報」と直霊軍部隊#
  2. 2.00 2.01 2.02 2.03 2.04 2.05 2.06 2.07 2.08 2.09 「大本年表」
  3. 『大本七十年史 上巻』「葬儀#
  4. 『大本七十年史 上巻』「信者への影響#
  5. 5.0 5.1 『大本七十年史 上巻』「綾部神苑の拡張と整備#
  6. 『大本七十年史 上巻』「祭事#