「由良川」の版間の差分
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'''由良川'''(ゆらがわ)は、[[綾部]]を流れる川。地域によっては「[[和知川]]」「[[音無瀬川]]」等と呼ぶ。 | '''由良川'''(ゆらがわ)は、[[綾部]]を流れる川。地域によっては「[[和知川]]」「[[音無瀬川]]」等と呼ぶ。 | ||
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* 本宮山の東側、綾部市並松町の松が並んでいる辺りを「[[小雲川]]」と呼ぶ。 | * 本宮山の東側、綾部市並松町の松が並んでいる辺りを「[[小雲川]]」と呼ぶ。 | ||
− | * | + | * 綾部市中央部、白瀬橋(府道77号)が架かっている近辺を「[[白瀬川 (綾部)|白瀬川]]」と呼ぶ。 |
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これらの細かい呼び方が王仁三郎独特のものなのか、地元で一般に呼ばれているものなのかは不明。 | これらの細かい呼び方が王仁三郎独特のものなのか、地元で一般に呼ばれているものなのかは不明。 | ||
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+ | 次の引用文は、[[上林川]]以外は全て由良川の別名ということになる。 | ||
+ | {{rm09|2|0001|序}}:「夢かうつつか幻か、神のしらせか、'''白瀬川'''、下は'''音無瀬''' 由良の川、'''和知川'''、上林川の清流静かに流れ、その中央の'''小雲川'''、並木の老松川の辺に影を浸して立ならぶ、流れも清く、風清く、本宮山の麓なる、並松に」 | ||
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+ | * [[白瀬川]] | ||
+ | * [[小雲川]] | ||
+ | * [[和知川]] | ||
+ | === 由良川に架かる橋 === | ||
+ | * [[綾部大橋]]・[[綾の大橋]]:綾部 | ||
+ | * [[音無瀬鉄橋]]:福知山 | ||
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* [[由良の港]] | * [[由良の港]] | ||
+ | * [[宮川]] | ||
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* [[ヨルダン河]] | * [[ヨルダン河]] |
2023年11月11日 (土) 20:59時点における最新版
由良川(ゆらがわ)は、綾部を流れる川。地域によっては「和知川」「音無瀬川」等と呼ぶ。
由良川は三国岳(京都・滋賀・福井の府県境)を水源とし、西へ流れ、綾部を通り、福知山で大きく北東に流れを変え、若狭湾に注ぐ。
目次
呼び方
「由良」は河口の海岸部の地名である(宮津市)。由良川の上流部、福知山付近では「音無瀬川」と呼ばれ、さらに上流の和知の辺りでは「和知川」と呼ばれる。
現在綾部では「由良川」と呼ぶのが一般的だが、王仁三郎が由良川の綾部の流域を呼ぶ時は「和知川」と呼ぶ場合が多い。
【例】
さらに細かい呼び方として、
- 本宮山の東側、綾部市並松町の松が並んでいる辺りを「小雲川」と呼ぶ。
- 綾部市中央部、白瀬橋(府道77号)が架かっている近辺を「白瀬川」と呼ぶ。
- 綾部市西部、以久田橋(府道9号)が架かっている近辺を「生田川」と呼ぶ。
これらの細かい呼び方が王仁三郎独特のものなのか、地元で一般に呼ばれているものなのかは不明。
次の引用文は、上林川以外は全て由良川の別名ということになる。 第2巻序#:「夢かうつつか幻か、神のしらせか、白瀬川、下は音無瀬 由良の川、和知川、上林川の清流静かに流れ、その中央の小雲川、並木の老松川の辺に影を浸して立ならぶ、流れも清く、風清く、本宮山の麓なる、並松に」
由良川とヨルダン川
霊界物語や伊都能売神諭で、「由良川」と書いて「よるだんがわ」(ヨルダン河)とルビが振られている場合がある。また「和知川」に「いすずがは」とルビが振られている場合がある。
【例】
- 「昔の聖地ヱルサレム 橄欖山や由良(ヨルダン)の」[4]
- 「いと安く由良川(ヨルダンがは)の浪を越え」[5]
- 「由良川(よるだんがは)の水上の渭水(いすい)の辺(ほと)りに流れも清き和知川(いすずがは)十二の支流(ながれ)を寄せ集め、三千世界の隅々へ」[6]
- 「清けき和知(いすず)の玉水に」[7]
- 「それからヨルダン河というけれども、ダンはランという言葉の訛りでヨルラン河という事や、由良川はヨルラン川や。ワシの歌にヨルダン河というのが出て来るが、それは和知川の事を言うてるのや」[8]
霊界物語での由良川
主なエピソード
竜宮島の諏訪の湖の玉依姫命から献上された五個の麻邇宝珠は、梅子姫・初稚姫ら一行10人により、八咫烏に乗って、由良の港の秋山館に到着した。麻邇宝珠は五個の柳箱に入れられ(しかし何故か素盞嗚尊によって箱がすり替えられ)、神輿に納められ、船で由良川を溯って綾の聖地に運ばれた。〔第26巻第1章#~第2章#、第9章#~第11章#〕
瀬織津姫行事と万灯流し
- 大本節分大祭の夜、壺に納められた人型を和知川に流す「瀬織津姫行事」(人型流し)が行われる。これは明治43年(1910年)以来、行われている。[9]
- 熊野新宮神社で毎年7月に水無月祭を行うが、夜、和知川に灯篭を流す「万灯流し」が夏の夜の風物詩になっている。これは明治40年(1907年)旧9月28日(新11月3日)、竜宮の乙姫の祭典を行い、28本の燈明を点じ、王仁三郎と梅田信之が川に流したのがその始まりである。[10]
脚注
関連項目
由良川の別名
下流部から
由良川に架かる橋
その他
外部リンク
- 由良川 - ウィキペディア
- 由良川 - コトバンク
- 福知山河川国道事務所(河口から綾部までは国交省が管理)
- 京都府河川課(綾部より上流は京都府が管理)
- 万灯流し - あやべ水無月まつり実行委員会