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[[ファイル:統務閣・金竜殿・祖霊社.jpg|thumb|右の建物は[[統務閣]]、中央は[[金竜殿]]、左は[[祖霊社]]。]] '''統務閣'''(とうむかく)は、[[綾部の神苑]]にあった建物で、大正3年(1914年)9月に完成した。会務を統括するところで、斎務・会計・弁務・実業の四局が設けられた<ref>『大本七十年史 上巻』「{{obc|B195401c2111|創立の状況}}」</ref>。「'''東雲閣'''(とううんかく)」とも呼ぶ<ref>出口直日『[[続・私の手帖]]』p193</ref>。 == 概要 == * 建坪30坪で8畳が4室あり、その一室に神床が設けられ、[[出口直]]は晩年までその部屋で筆先を書き、次の間を居室とした。<ref name="B195401c2122" /> * 統務閣(大正3年竣成)、[[金竜殿]](同)、[[教主殿]](大正8年竣成)は棟続きだった。 == 略年表 == * 大正3年(1914年)2月5日、節分の翌日に[[金竜殿]]と統務閣の斧始式が行われる。<ref name="B195401c2122">『大本七十年史 上巻』「{{obc|B195401c2122|「敷島新報」と直霊軍部隊}}」</ref> <ref name="oomoto_nenpyou">「大本年表」</ref> * 同年9月22日、竣工。[[仮教祖殿]]に奉斎してあった大神を統務閣に遷座する。統務閣を教祖(出口直)の居室とする。<ref name="B195401c2122" /> <ref name="oomoto_nenpyou" /> * 大正7年(1918年)11月6日(旧10月3日)、統務閣で出口直が昇天する。 * 大正8年(1919年)4月3日、[[金竜殿]]に統務閣の大神を遷座。<ref name="oomoto_nenpyou" /> * 昭和3年(1928年)2月1日、統務閣で[[出口直日]]と[[高見元男]](出口日出麿)の結婚式が行われる。<ref>『大本七十年史 上巻』「{{obc|B195401c4446|暁天の機運}}」</ref> * 昭和11年(1936年)5月、[[第二次大本事件]]により破壊された。 == 脚注 == <references/> {{デフォルトソート:とうむかく}} [[Category:梅松苑]] [[Category:霊界物語の殿閣]]
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