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火の洗礼・水の洗礼
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'''火の洗礼'''(ひのせんれい)と'''水の洗礼'''(みずのせんれい)は、[[霊界物語]]で使われている用語。「火の洗礼」とは霊的洗礼(救済)であり、[[出口王仁三郎]]の神業(立直し)のこと。「水の洗礼」とは体的洗礼であり、[[出口直]]の神業(立替え)のこと。 == 概要 == * 初出:{{rm09|1|0003|発端}} * 表記ゆれ:火洗礼(ひせんれい)、水洗礼(すいせんれい、みずせんれい) * 別名:バプテスマ(「洗礼」の意) * 「洗礼」という言葉は[[大本神諭]]では使われていない。大本の宗教用語ではなく、キリスト教用語であり、それを霊界物語等で流用している。大本に「洗礼」という宗教儀式はない。単にその言葉を流用して、[[王仁三郎]]が大本の思想を説明しているだけである。 * キリスト教の洗礼は基本的に水によるものである。ただし聖霊による洗礼は火と関連づけられており、火の洗礼とは聖霊による洗礼ということになる。 * 王仁三郎は「火(ひ)」を「霊(ひ)」と解することによって、火の洗礼を霊的な洗礼(霊的な救済、霊的な立直し)、対して水の洗礼を体的な洗礼(体的な立替え)だと説いている。また、水の洗礼はヨハネ=開祖の神業であり、火の洗礼はキリスト=自分(王仁三郎)の神業であると位置づけている。<ref>{{rm09|1|0003|発端}}、{{rm|1|34|シナイ山の戦闘}}、{{rm|1|35|一輪の秘密}}、{{rm|nm|1|水火訓}}、{{kgm|001|火の洗礼と水の洗礼}}、{{kgm|006|我はキリストの再来に非ず}}、{{kgm|007|霊界物語は最後の審判書なり}}、「[[回顧録]]」(『神霊界』大正10年2月1日号)の「序」</ref> * 文字通り水による洗礼や、火(火災)による浄化作用が、水の洗礼、火の洗礼と呼ばれている場合もある。その一例を次に示す。 ** 〈まづ酋長の照彦に鏡の池の'''水を掬つて洗礼を'''施し〉〔{{rm|8|8|改心祈願}}〕:水による洗礼 ** 〈神地の城に立て籠る 曲津の魂を焼き直し '''火の洗礼'''を施して すべての汚れを焼き清め〉〔{{rm|36|21|火の洗礼}}〕:[[シロの島]]の[[神地城]]が火災によって焼け落ちる ** 〈民衆を苦しむ悪人を 片つ端から踏み躙り 怯めず臆せず堂々と '''火の洗礼'''を施せよ〉〔{{rm|68|9|衡平運動}}〕:[[タラハン国]]の革命勢力が町中に放火する * ただし王仁三郎は、火災による洗礼は「火の洗礼(霊的洗礼)」ではなく「水の洗礼(体的洗礼)」だと教えている。<ref>{{kgm|001|火の洗礼と水の洗礼}}:〈某地の大火災を目して、火の洗礼だと人は云ふけれど、それは違ふ、水の洗礼である、如何となれば、それは体的のものであるから。〉</ref> == 外部リンク == * {{wp|洗礼}} * {{wp|バプテスマ}} * {{wp|聖霊のバプテスマ}} == 脚注 == <references/> {{デフォルトソート:ひのせんれい みすのせんれい}} [[Category:霊界物語の用語]]
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