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月山不二
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'''月山不二'''(つきやまふじ)は、[[綾部]]の[[梅松苑]]にある聖壇。[[本宮山]]の山頂にあり、梅松苑の最高の至聖所である。昭和21年(1946年)6月に完成した。「'''月山富士'''」と書く場合もある。 == 概要 == 昭和21年、破壊された[[長生殿]]の基礎の上に、[[穹天閣]]やその他の破壊された礎石などの石片を寄せ集め、それに土をかぶせて「月山富士」が築かれた。<ref name="B195402c7132">『[[大本七十年史]] 下巻』「{{obc|B195402c7132|両聖地の整備}}」</ref> 月山富士の頂上には、延暦21年(802年)の富士山大噴火のときに山梨県明見村に落下したと伝えられる霊石が鎮められた。この霊石は第二次大本事件の前に信者の舟久保庄から献納され、[[本宮山]]の[[穹天閣]]の前に置かれていたが、事件の際に破壊を免れ、雨ざらしになっていた。<ref name="B195402c7132" /> 同年6月4日(旧5月5日)に完成し主神が鎮祭されたが、[[王仁三郎]]はこの日、次のように、[[富士山]]の神霊と[[鉢伏山]]の神霊も合わせて祭ったことを歌に詠んでいる。<ref name="B195402c7132" /> * 今日はしも陰暦五月の五日なり富士の神霊月山にまつる * [[鉢伏山|鉢伏の山]]の神霊もろともに月山富士にまつりたりけり == 略年表 == * 昭和21年(1946年)3月3日、築造を開始。<ref name="oomoto_nanpyo">「[[大本年表]]」</ref> <ref name="B195402c7132" /> * 同年6月4日(旧5月5日)、完成して鎮祭が執行される。<ref name="oomoto_nanpyo" /> * 昭和23年(1948年)3月23日、[[出口澄子]]の命により、月山不二の頂上に「[[ひもろぎ松]]」が移植された。<ref name="B195402c7132" /> == 名称 == 過去の大本関連文献では「月山不二」と「月山富士」が併用されているが、最近の文献では「月山不二」に統一されているようである。 == 脚注 == <references/> {{デフォルトソート:つきやまふし}} [[Category:本宮山]]
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