三人世の元

2026年9月4日 (金) 18:00時点におけるIHiroaki (トーク | 投稿記録)による版

三人世の元(さんにんよのもと)は、

(1) 大本神諭伊都能売神諭で使われている用語。使用例は次の3回ある。

  • 大本神諭 明治32年旧7月1日#:〈明治二十八年から、三体の大神が地へ降りて御守護遊ばすと、世界は一度に夜が明けるから、三人の霊魂を神が使ふて、三人世の元と致して、珍らしき事を致さすぞよ。〉
  • 大本神諭 明治33年旧8月6日#:〈今度の世の立替に就ては、モウ化けては居れんから、三人世の元の御用に、丹後の沓嶋開きに連れ参りたのは、因縁ある身魂斗りじゃぞよ。〉
  • 伊都能売神諭 大正8年3月10日#:〈今度は二度目の天の岩戸開きで在るから、肉体その儘で天地の在らん限り、幽界現界に出入往来いたして、今の人民の智慧や学力で判らぬ神理を調べて置いて三人世の元の経綸が致して在るから、是が判りて来たら三千世界が一度に鳴るぞよ。三人世の本の因縁も、日の出神の御苦労も鏡の如くに判りて来るぞよ。〉

「三人世の元」という言葉は霊界物語その他で引用・流用されている。

三人とは、基本的には出口直王仁三郎澄子の三人を指している。

しかし拡大解釈・僭用して、自分たちこそが「三人世の元」(神様の重要な神業を行う選ばれた人物)だと主張したり、単に三人で何かを始めるときに「三人世の元」だと冗談・喩え的に使われる場合もある。

【用例】

  • 座談会における王仁三郎の発言:〈ロシアの革命でも二十人は居らなかったのやでよ。本当にやった者は二、三人しかあらへん。その二、三人の人の団結の力で今のソヴエートロシアが出来たのやからそれは見方によっては大本の力はどんなにあるか判らんからのう。 三人世の元というが、どんな仕事でも本当の者は三人でよいのや、教祖はん[1]は「一人この事を知った者が出て来たら」……とその一人を待って居なさった。その一人が出て来たらこの事は成就すると言っていられたのだ〉[2]…王仁三郎自身が「どんな仕事でも本当の者は三人でよい」ということの喩えとして「三人世の元」という言葉を使っている。
  • 王仁三郎の回顧歌:〈福島が塩見せい子や黒田きよ子三人世のもとと威張るとの報告〉〈彼の男女三人世の元結構と朝から晩まで呼ばはり続ける〉〈一刻も早く帰りて三人の狂態しづめてたまはれといふ〉[3]福島寅之助塩見せい子黒田きよ子に邪神が懸かり自分たちが「三人世の元」だと叫んで狂態を演じている。

(2) 霊界物語第8巻第5章#の章題。

テルの港に上陸した猿世彦清彦駒山彦は奥深く進んで行く。清彦が〈ここで三人は別れて、思ひ思ひに宣伝に行かうかい〉と提案するが、猿世彦はそれを断り(清彦がいないと心細いので)〈三人寄れば文殊の智慧、我々三人は三人世の元だ〉と、三人で一緒に行こうと言う。しかし清彦は足を速めて一人で先に行ってしまった。

  1. 出口直のこと。
  2. 出口王仁三郎聖師と出口日出麿師を囲む座談会 第一夜 第三回 国家の将来#
  3. 王仁三郎の歌集『青嵐』「吉崎仙人#