「大本事件」の版間の差分
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== 第三次大本事件 == | == 第三次大本事件 == | ||
1980年代に起きた内紛。教主(三代教主の[[出口直日]])及び教団執行部の方針に対して二つの信徒グループが反対し、出口家を含め教団は三分裂した。執行部側は反対派の職員・信徒を教団から追放することで解決を図ろうとするが、追放された側から訴訟を起こされ事件は長期化する。「第三次大本事件」は追放された側での呼び方であり、追放した執行部側からは「'''反教団事件''' | 1980年代に起きた内紛。教主(三代教主の[[出口直日]])及び教団執行部の方針に対して二つの信徒グループが反対し、出口家を含め教団は三分裂した。執行部側は反対派の職員・信徒を教団から追放することで解決を図ろうとするが、追放された側から訴訟を起こされ事件は長期化する。「第三次大本事件」は追放された側での呼び方であり、追放した執行部側からは「'''反教団事件'''」と呼ばれている。 | ||
追放された二つの信徒グループは、一つは通称「[[守る会]]」を作り、後に「[[大本信徒連合会]]」を結成した。もう一つは「[[いづとみづの会]]」を作り、後に「[[宗教法人愛善苑]]」として大本から独立した。その他にいずれの派閥にも属さない信徒もあった。 | |||
平成2年(1990年)三代教主昇天前後に全ての裁判は終了したが、事件が終結したかについては三者三様の見解がある。端的に言うと、[[大本本部]]では「反教団事件は終結した」、[[大本信徒連合会]]では「第三次大本事件は継続中」、[[愛善苑]]では「真正の大本である愛善苑の誕生によって第三次大本事件は事実上終結した」という見解のようである。 | |||
→詳細は「[[第三次大本事件]]」 | |||
== 脚注 == | == 脚注 == | ||