「出口王仁三郎」の版間の差分
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* 明治43年(1910年)12月29日、出口家への養子の手続きが終わり、戸籍上「出口王仁三郎」になる。 | * 明治43年(1910年)12月29日、出口家への養子の手続きが終わり、戸籍上「出口王仁三郎」になる。 | ||
* 明治45年(1912年)2月21日、出口家の戸主となり家督相続する。 | * 明治45年(1912年)2月21日、出口家の戸主となり家督相続する。 | ||
=== 思想形成 === | |||
王仁三郎の思想は明治30年代後半にすでに形成されていた。 | |||
明治34年から39年まで5ヶ年の出来事を回顧した歌集『[[百千鳥]]』の中で、王仁三郎は次のように歌っている。(頁は昭和52年天声社発行のもの) | |||
* この際にあらはしおきし教典は昭和の御代に用ゐられける〔328頁〕 | |||
* 大本の雑誌新聞の主要記事は皆この頃に書き置きにけり〔328頁〕 | |||
* この時に著述し置かずば後年に暇《いとま》の無きをさとりし故なり〔366頁〕 | |||
* 感謝祈願の祝詞はこの時初めての出版にして朝夕唱へし〔527頁〕 | |||
=== Onisavulo === | === Onisavulo === | ||