「神仏無量寿経」の版間の差分

 
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== 概要 ==
== 概要 ==
神仏無量寿経は印刷本の頁で6頁ほどに亘って綴られている。初版及び再版(戦前発行されたのはこの2版だけだと思われる)の73頁の最初から78頁の2行目まで、5頁と2行ある。77頁の6行目、下から5文字目に〈瑞霊世を去りて後〉という文言があり、王仁三郎(瑞霊)の昇天を示唆している。そして'''78'''頁は〈惟神霊幸倍坐世。伊都能売の大神 謹請再拝〉という'''18'''文字で終わっている(句読点や空白を除く)。
{{rm|67|5|浪の皷}}は大正13年(1924年)12月27日(旧12月2日)に口述された。
 
神仏無量寿経は6頁ほどに亘って綴られている。初版及び再版(戦前発行されたのはこの2版だけだと思われる)の73頁の最初から78頁の2行目まで、5頁と2行ある。77頁の6行目、下から5文字目に〈瑞霊世を去りて後〉という文言があり、王仁三郎(瑞霊)の昇天を示唆している。そして'''78'''頁は〈惟神霊幸倍坐世。伊都能売の大神 謹請再拝〉という'''18'''文字で終わっている(句読点や空白を除く)。


これは王仁三郎が数え年'''78'''歳<ref>王仁三郎は明治4年(1871年)7月12日生まれなので、数え年78歳で昇天したことになる。</ref>の'''18'''日まで現界にいて、19日目に霊界に去るという予言であると解されている。またその頁(78頁)の最後の文字は「'''子'''」であるが、昇天した昭和23年は'''子'''年である。<ref>『新月の光』1284「七十八歳一月十九日昇天の啓示」:ここで木庭が見たのは「再版」だが、初版でも同じである。(画像参照)</ref> <ref>[[出口和明]]『[[予言と神話]]』22頁</ref>
これは王仁三郎が数え年'''78'''歳<ref>王仁三郎は明治4年(1871年)7月12日生まれなので、数え年78歳で昇天したことになる。</ref>の'''18'''日まで現界にいて、19日目に霊界に去るという予言であると解されている。またその頁(78頁)の最後の文字は「'''子'''」であるが、昇天した昭和23年は'''子'''年である。<ref>『新月の光』1284「七十八歳一月十九日昇天の啓示」:ここで木庭が見たのは「再版」だが、初版でも同じである。(画像参照)</ref> <ref>[[出口和明]]『[[予言と神話]]』22頁</ref>