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'''長生殿'''(ちょうせいでん)は、[[綾部]]の[[梅松苑]]にある礼拝施設。[[本宮山]]を御神体山とする神殿で、総桧造り。20世紀最大の木造建築だと言われている。
[[ファイル:長生殿2014.jpg|thumb|長生殿。平成26年(2014年)3月撮影。]]
 
'''長生殿'''(ちょうせいでん)は、[[綾部]]の[[梅松苑]]にある礼拝施設。平成4年(1992年)11月に完成した。[[本宮山]]を御神体山とする神殿で、総桧造り。20世紀最大の木造建築だと言われている。


== 概要 ==
== 概要 ==
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[[霊界物語]]で[[綾の聖地]]の[[錦の宮]]が建っている場所は[[桶伏山]]と[[照山]]の間であるが、それに相応する本宮山の寺山側の麓には、綾部小学校が建っていた。
[[霊界物語]]で[[綾の聖地]]の[[錦の宮]]が建っている場所は[[桶伏山]]と[[照山]]の間であるが、それに相応する本宮山の寺山側の麓には、綾部小学校が建っていた。


昭和31年(1956年)11月、綾部市長から綾部小学校を移築した後の敷地は大本に譲渡したいとの申し入れがある。昭和34年11月、開教七十年記念事業の一つとして、その敷地の購入を含めた聖地造営計画(大神苑計画)が決定された。<ref name="B195402c8242"> <ref>『大本七十年史 下巻』「{{obc|B195402c8607|記念事業}}」</ref> <ref>中里「長生殿(前編)」p59では綾部市長から敷地売り渡しの提案があったのは昭和37年になっている。</ref>
昭和31年(1956年)11月、綾部市長から綾部小学校を移築した後の敷地は大本に譲渡したいとの申し入れがある。昭和34年11月、開教七十年記念事業の一つとして、その敷地の購入を含めた聖地造営計画(大神苑計画)が決定された。<ref name="B195402c8242" /> <ref>『大本七十年史 下巻』「{{obc|B195402c8607|記念事業}}」</ref> <ref>中里「長生殿(前編)」p59では綾部市長から敷地売り渡しの提案があったのは昭和37年になっている。</ref>


昭和44年(1969年)6月19日、旧綾部小学校の敷地を入手。「'''鶴山平'''」と命名。<ref name="on">『大本年表』</ref>
昭和44年(1969年)6月19日、旧綾部小学校の敷地を入手。「'''鶴山平'''」と命名。<ref name="on">『大本年表』</ref>
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〔この項は特記ある場合を除き『大本年表』をもとに作成した〕
〔この項は特記ある場合を除き『大本年表』をもとに作成した〕
== 関連項目 ==
* [[長生殿 (旧)]]


== 脚注 ==
== 脚注 ==
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{{デフォルトソート:ちようせいてんしん}}
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[[Category:大本の施設]]
[[Category:梅松苑]]