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* 裁判では、中岡の背後関係はなく、単独犯とされる。
* 裁判では、中岡の背後関係はなく、単独犯とされる。
* 犯行の動機は、政治的目的は希薄である。失恋によるもの(社会的な大きな事件を起こして名を挙げて振られた女性の注意を惹きたい)という説もある。<ref>『近代日本暗殺史』</ref>
* 犯行の動機は、政治的目的は希薄である。失恋によるもの(社会的な大きな事件を起こして名を挙げて振られた女性の注意を惹きたい)という説もある。<ref>『近代日本暗殺史』</ref>
* 中岡は無期懲役となり服役したが、三度の恩赦によって刑期が11年3ヶ月に短縮され、出所後は大陸に渡った(→[[#略歴]])。現職総理大臣を刺殺するという重大事件であるにもかかわらず大幅に減刑されたのは、犯行動機が政治的目的ではなかったからとされる。しかし大幅な減刑や、大陸行きには、中岡を政治利用しようとする何らかの勢力の思惑が働いていたという意見もある。


== 大本との接点 ==
== 大本との接点 ==
中岡艮一は出所後に、東京に住む大本幹部の自宅を訪問したことがある。どのような目的だったのかは不明。 →「[[行雲流水#中岡艮一との会遇]]」参照
* 中岡艮一は出所後に、東京に住む大本幹部の自宅を訪問したことがある。どのような目的だったのかは不明。 →「[[行雲流水#中岡艮一との会遇]]」参照
* [[出口王仁三郎]]は原敬首相が暗殺される数時間前にそれを霊視して知っていた。その時「中岡艮一」という名前はわからなかったものの、その人相や服装などは側近が仔細に聞き取っていた。→「[[予言#原敬首相暗殺]]」
* [[霊界物語]]には{{rm|66|7|女白浪}}に一度だけ名前が出る。[[ヨリコ姫]]のセリフ〈妾は其白髪童顔が大変に気に入つてますのよ。大政党を率つれ、平民大臣として時めきわたり遊ばす大資格が備はつてゐるのですもの。併し乍ら用心なさいませよ。停車場や人ごみの中を、何時'''中岡艮一'''が現はれるか知れませぬからね、オツホヽヽヽ〉。「白髪童顔」は原敬の外見上の顕著な特徴である。


== 略歴 ==
== 略歴 ==
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* 宮城刑務所で服役。<ref>『鉄窓十三年』114頁</ref>
* 宮城刑務所で服役。<ref>『鉄窓十三年』114頁</ref>
* 大正13年(1924年)1月26日、皇太子御成婚の恩赦により刑期20年に減刑。<ref>『鉄窓十三年』216頁</ref>
* 大正13年(1924年)1月26日、皇太子御成婚の恩赦により刑期20年に減刑。<ref>『鉄窓十三年』216頁</ref>
* 昭和2年(1927年)2月7日、大正天皇御大葬の恩赦により刑期15年に減刑。<ref>『鉄窓十三年』222頁</ref> <ref>この時の恩赦(大赦)によって[[第一次大本事件]]は5月14日に免訴になっている。</ref>
* 昭和2年(1927年)2月7日、[[昭和二年勅令第十一号|大正天皇御大葬の恩赦]]により刑期15年に減刑。<ref>『鉄窓十三年』222頁</ref> <ref>この時の恩赦(大赦)によって[[第一次大本事件]]は5月14日に免訴になっている。</ref>
* 昭和3年(1928年)11月10日、天皇即位の大礼の恩赦により刑期11年3ヶ月に減刑。<ref>『鉄窓十三年』223頁</ref>
* 昭和3年(1928年)11月10日、天皇即位の大礼の恩赦により刑期11年3ヶ月に減刑。<ref>『鉄窓十三年』223頁</ref>
* 昭和9年(1934年)1月30日、刑期満了につき出所。東京に帰る。(30歳)<ref>『鉄窓十三年』261頁</ref>
* 昭和9年(1934年)1月30日、刑期満了につき出所。東京に帰る。(30歳)<ref>『鉄窓十三年』261頁</ref>