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'''運霊'''(うんれい)は、[[出口日出麿]]の道名(道院での宗教名)。
'''運霊'''(うんれい)は、[[出口日出麿]]の[[道名]]([[道院]]での宗教名)。


昭和5年(1930年)3月23日に[[道院]]の訪日団が綾部を訪れた時、[[五六七殿]]で[[扶乩]](フーチ)を開いた。このとき[[至聖先天老祖]]の名によって日出麿に「運霊」という道名が与えられた。「霊を遍く世にめぐらす」という意味である。神示は「運霊は自ら[[尋仁]](王仁三郎の道名)を継ぎて、大同(だいどう)の法則要素を世界に展(の)べひろぐために生まれ来たれるものなり。汝の負う責任はなはだ重大なり」という文言で始まっていた(原文は漢文)。<ref>『[[神仙の人]]』p197</ref>
昭和5年(1930年)3月23日に[[道院]]の訪日団が綾部を訪れた時、[[五六七殿]]で[[扶乩]](フーチ)を開いた。このとき[[至聖先天老祖]]の名によって日出麿に「運霊」という道名が与えられた。「霊を遍く世にめぐらす」という意味である。神示は「運霊は自ら[[尋仁]](王仁三郎の道名)を継ぎて、大同(だいどう)の法則要素を世界に展(の)べひろぐために生まれ来たれるものなり。汝の負う責任はなはだ重大なり」という文言で始まっていた(原文は漢文)。<ref>『[[神仙の人]]』p197</ref> <ref>『[[出口日出麿先生小伝]]』99~100頁に十数行にわたってこの壇訓が引用されている。</ref>


== 脚注 ==
== 脚注 ==