「正鹿山津見」の版間の差分
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正鹿山津見は淤縢山津見と共に日の出神に伴われ[[ヒルの都]]に行き、[[清彦]]・[[蚊々虎]]の前に現れる。〔{{rm|8|14|秘露の邂逅}}〕 | 正鹿山津見は淤縢山津見と共に日の出神に伴われ[[ヒルの都]]に行き、[[清彦]]・[[蚊々虎]]の前に現れる。〔{{rm|8|14|秘露の邂逅}}〕 | ||
その後は一人で[[珍山峠]]を越え、[[ハルの都]](ハルの国は[[大自在天大国彦]]の宰相の[[鷹取別]]が支配している)で宣伝をしていたところ、数百の駱駝隊(鷹取別の部下<ref>{{rm|9|10|言葉の車}}:「威勢も高き鷹取別の 醜の軍の戦士が 鋭き槍の錆となり 沙漠の中に埋められて」</ref> | その後は一人で[[珍山峠]]を越え、[[ハルの都]](ハルの国は[[大自在天大国彦]]の宰相の[[鷹取別]]が支配している)で宣伝をしていたところ、数百の駱駝隊(鷹取別の部下<ref>{{rm|9|10|言葉の車}}:「威勢も高き鷹取別の 醜の軍の戦士が 鋭き槍の錆となり 沙漠の中に埋められて」</ref>)に捕まり、砂漠の中に葬られた。砂を掻き分けて這い上がり<ref>{{rm|9|8|再生の思}}の[[大蛇彦]](木花姫命の分霊)の歌の中で、正鹿山津見は木花姫命に救われたと歌われている。〈桃上彦の神司は 名さへ目出度き宣伝使 正鹿山津見神となり 珍山峠を乗り越えて 巴留の都を救はむと 出でます折しも曲神の 鷹取別の僕人《しもびと》に とり囲まれて玉の緒の 一度は息も切れたれど 木の花姫に救はれて 再びここに蘇り 珍の都に帰りまし〉</ref>、夜のうちにハルの都を逃げ出し、珍山峠の谷間にある天然の温泉に通って傷を癒やしていた<ref>この話は{{rm|8|31|谷間の温泉}}の淤縢山津見のセリフの中で語られている。</ref>。湯でのぼせ上がり精神喪失して倒れてしまった。そこへ[[駒山彦]]・[[蚊々虎]]・[[淤縢山津見]]・[[五月姫]]の4人の宣伝使一行([[ウヅの国]]へ向かう途中)が通りがかり、助けてくれた。正鹿山津見は[[日の出神]]に「ウヅの国を守れ」と命じられた(つまり守護職を任じられた)のだが、他に尊い国があるのではと思い[[ハルの国]]に宣伝に行ってしまったのだった。正鹿山津見は「我を出すことは出来ぬ」と改心する。<ref>{{rm|8|32|朝の紅顔}}:正鹿山津見のセリフ「私は日の出神様に、「珍の国を守れよ」との厳命を受けました。然しながら、まだ外に尊い国がある様に思へて、何うしても気が落ちつかず、この峠をドンドンと登つて、夜を日に次いで巴留の都へ宣伝に行つたのです。さうした処が、今度は神様の戒めだと見えて、散々な目に逢ひ、お蔭で生命だけは助かりました。これを思へば、吾々は我を出すことは出来ませぬ。ただ長上の命令に従つて、神妙にお勤めするに限ると、ほとほと改心いたしました」</ref> 〔{{rm|8|30|珍山峠}}~{{rms|8|35|一二三世}}〕 | ||
一行5人は[[ウヅの都]]へ向かう。途中の[[大蛇峠]]で大蛇の背中に乗せてもらい山を一気に下りる。(ここで[[蚊々虎]]は[[珍山彦]]に改名する)。〔{{rm|8|36|大蛇の背}}~{{rms|8|37|珍山彦}}〕 | 一行5人は[[ウヅの都]]へ向かう。途中の[[大蛇峠]]で大蛇の背中に乗せてもらい山を一気に下りる。(ここで[[蚊々虎]]は[[珍山彦]]に改名する)。〔{{rm|8|36|大蛇の背}}~{{rms|8|37|珍山彦}}〕 | ||
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* [[古事記と霊界物語の神名対照]] | * [[古事記と霊界物語の神名対照]] | ||
* | * {{wp|カグツチ}} | ||
霊界物語の[[古事記言霊解]]では、{{rm|8|40|言霊解二}}に記されている。 | 霊界物語の[[古事記言霊解]]では、{{rm|8|40|言霊解二}}に記されている。 | ||